『うわぁああああぁあ』
『鳴海っ』
『だ、出して! 此処から出して! 出して下さいっ!」
 鍵も無い部屋で、店長は何度も何度も扉を叩いていた。
『うわぁああああああぁあぁ!』
 ガンガンと……頭をぶつけて酷い錯乱状態だ。鳴海に駆け寄りたかったが、近づくと引っ掻かれた。
『あの日から、鳴海は毎日戦ってんだ』
 昨晩の酷い状況を思い出しながら、岳理は声を絞り出すように言う。
『ごめっ……さい! も、出たいなんて言いません』
「今度はお前が、今日みたいに。あの日の俺みたいに、鳴海を抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて、二度と離さないように抱きしめてやってくれないか」
「岳理さんの優しさは、分かりにくいですね。私にもお兄さんにも」
複雑そうに、みかどがくしゃくしゃに笑うと、岳理はふっと小さく笑った。「やっぱり、鳴海にはみかどしかいねぇ」
「……」
「今日、確かめてみて分かった。鳴海にはみかどが必要だって」
 そう言った後、ゆっくりと空を見上げて、視線を反らす。
「みかども鳴海も、俺が絶対に守るから。約束するから」
 此方を見る事なく、力強くそう自分に言い聞かせるように言う。
「だから鳴海の傍に居てやって欲しい」
 みかどを見ようとはしない岳理の横顔が、冷たい夜の空のように、溶け込んで見える。
「俺は、みかども……鳴海も大切だ。ずっとずっと大切だから」
そう言ってみかどの頬を触れる手は、煙草の匂い。苦くて、あまり好きな匂いではない、大人な香り。
「何も結婚しろとは言わねえから、支えてやって欲しい」
 みかどは今までの優しい店長を知っているからこそゆっくり頷いた。
「――岳理さんはズルい人、ですね」
 傷つかないで側にずっと居られるならば、岳理の様な選択をしたかもしれない。それでも、もうみかどには岳理に伝えられる言葉は何も無かった。あの日、階段に忘れていったみかどの気持ちは、誰にも拾われず、みかどさえ拾えず、風化していく。