そう言っていたら突然、本当に突然、入り口に2人の男の人が現れた。父は背を向けているから気づいていないが、あの2人は。ダークスーツにサングラス、無精髭に、今日は頬にアウトローな引っ掻き傷をつけているこの方は、正しく、ヤクザ。
「……ヤクザ」
 怪訝そうな父の背後に近づくもう1人の男性は……。サラサラな髪に中性的で綺麗な顔、白いスーツに赤いブラウス。そして水色の耳あてに象の耳をつけているのは正しく。
「ホ、ホスト!」
 やっと後ろを振り向いた父は、2人を見て固った。
「お久しぶりです。楠木教授」
「……相変わらずの節操なしか」


 挨拶もそこそこに2人はみかどと父を交互に見た。
「お、お兄さんにが、岳理さん……」
 間抜けに大口を開けて2人を見ると、2人はそれぞれ思い思いの表情を浮かべていた。
「酷いじゃないですか。一人で行ってしまうから壁を乗り越えましたよ」
「……さっさと帰るぞ」
「ま、待って下さい。まだ父に答えて貰ってないんです」
 そう言って、担任を振り返る。
「あの、先生は父の九人目の浮気相手さんですか」


 そう尋ねると、綺麗な顔が冷たい笑顔を貼り付固まった。その笑顔のまま、色々と混乱中の座っている父を睨みつけました。
「あの、違ってたらすいません。でも、父と先生から同じ香水の香りがしたし、父に視線で会話していたし、名前で呼んでいましたよね。真絢さんが大事なら、違う女性と会うのはおかしいと思います。彼女にも真絢さんにも不誠実です!」
そう言うみかどの目の前で、担任はパンフレットを父へ投げつけだした。
「痛い! 痛」
「私で遊ばれてたんですね。そんなブサイクな顔でたいした事を」
 ど修羅場になってしまい、みかどはカチンコチンに固まった。


「じゃ、仲良くしてろよ」
「あの、しっかり謝った方が良いですよ」
 そう他人事のように2人は言うと、みかどの腕を掴んだ。連れて行かれる宇宙人のように、左右の2人にガッチリ捕まえられ引きずらていく。
「で、お前どこに受験したいんだ」
「千景ちゃんの行っている大学の、初等教育です」
「じゃあ、僕と岳理くんで家庭教師しないとね」
 二人は、一応それだけは発狂している担任では無く主任に職員室へ行き伝えてくれた。
「楠木さん。このお二人は」
 学年主任がそう言うので、みかどは二人の服の袖を引っ張りながら笑顔で答える。
「自慢の兄です」
 快晴の空を割るように、また飛行機が飛んで行く。それを見ながら、肩車をしてもらって喜ぶ子どもや、一緒の目線までしゃがんで見上げる家族。そんな情景に憧れた時代も確かにあった。
「なんでですかね。もう父に縋れる程、私の心は綺麗じゃないみたいです。なのに、この空のように晴れ晴れした気持ちです」
「いーいー。あんな、浮気癖がついたオッサンの愛情なんて要らねーよ」
 そう言って胸元に手を入れ、煙草を探す岳理は、拳銃を出して来そうな風貌だ。だが、それよりも。
「お、お兄さん!」
飛行機雲の写メを撮っているホスト姿の店長にみかどは感動している。姿や服装ではなく、土曜日の監禁日に此処に居る店長に、だ。
「が、頑張ったんですね! 大丈夫でした は、初めての土曜日は如何ですか」
 微かに潤む目を見開いて凝視すれば、お兄さんも少し潤んでた。
「実は、盛大に暴れてしまって、岳理くんの頬を引っ掻いてしまいました」
 そう言うので岳理の方を振り返ったら、アウトローな傷をわざとさすっている。
「傷が残ったら、嫁に貰ってもらう予定だ」
 夜中、二人に見つかりたくなかったみかどは、千景の部屋で眠り、始発で飛び出した。なので夜中、岳理が泊まったことは知っていたが、そんな事があったとは知らなかった。ずっと当たり前だった異常を変えるにはこうするしかないのだ。
「みかどっ」
 車で二人をカフェに送った後、岳理はみかどを呼びとめた。その時、先に店長は店の中へ入って行ってしまい、残されたみかどは二人きりの空間に居心地が悪そうに目を泳がせる。
「鳴海のことなんだが」
「・・・・・・お兄さん」
 みかどが不思議そうにするのを、岳理は煙草を吸い、煙で表情を隠しながら静かに昨日を思い出した。