「皇汰は、私がお父さんと離れるなら、お父さんの側に残る理由は無いって思ってますよ」
「何だと! 皇汰……皇汰も私が嫌いなのか」
『も』という言葉は少し引っかかる。
「私も皇汰も嫌ってません。ただ」
そう言って、真っ青な空を寂しく見つめた。
「ただ、家族とはもう思えないだけです」
ゆっくりと、ゆらりと、青空を割る飛行機雲を見ながら、境界線を張る、――決別。
「何を言うかと思えば……」
そう言いながらも、父の大学のパンフレットを持つ手がフルフルと震えている。
「私は、統計学に基づいてお前たちを教育してきた。何故そんな私が、家族じゃないと言われなければいけない!」
パンフレットを乱暴にテーブルに叩きつけ、怒りに震える父。みかどは黙って勢いで落ちたパンフレットを拾う。
「お前は、競争心が足りず長女として甘えすぎていた! だから弟と比較して競争心を育てたまでだ! それは統計学に基づいたしっかりしたデータから推測したんだ。それぐらいで何故」
「正義さん、落ち着いてください。楠木さんもよ」
先生が止めるが、みかどは落ち着いていた。
「――何故ですかって」
激昂し震える父を、冷静に見つめながら、終わりが微かに見えてくる。
「私の気持ちは、統計データでは表せないからです」
やっと言えた気持ちに、ホッとした笑顔がこぼれ落ちる。
「お父さんの統計データは、製薬会社や大学では大事で大切な情報だとは思います。でも私の気持ちは毎日一緒ではありません。今日は楽しくても、明日は悲しいかもしれない。私や皇汰の気持ちは、お父さんの愛する統計学には現れません」
そうだ。人の感情なんてデータは数式では出てくるはずない。
「ごめんなさい。お父さん。自分の意志も持たずに、ずっとお父さんの言いなりで、全てお父さんのせいにして確かに不幸ぶってました。もう誉めてもらいたい、とか此方を見て欲しい、とか一緒に遊園地に行きたいとか、そんな感情は無いんです。ただ、見守って欲しいだけです」
満たされた今、みかどはもうあの居場所が無い家に帰りたくない。一度もどもる事も無く、父に気持ちを伝える事ができてみかどは安堵する。どもらずに済んだのは、気持ちが深海のように落ち着いていたからだろう。本当は、もう父の気持ちも聞かず一方的に喋って、言い逃げするつもりだったらしい。だが、1つだけ。
「お父さんは、お義母さんをちゃんと愛してますか」
そう言うと、顔色が変わった。
「……答えて下さい」
「何、を」
「お父さんにとって『愛情』って何ですか 薄れたら違う人を簡単にまた好きになるんですか」



