実験台のアルジャーノンだ。成長するにつれて要領も悪く、成績も上がらなくなったみかどに、父は世間と同じく冷たくしていく。

「でもね、お父さん。私、頑張ったよ。馬鹿なりに頑張ってたんですよ」
 オシャレも、恋も、友達も諦めて、勉強だけを頑張った日々。
「だから、就職が決まるまでお父さんに会いたくないんです。お父さんの発言に左右されず、自分で迷って、自分で失敗して、自分で歩んでいきたいんです」
そ う言うと父はますます不機嫌になっていく。

「私ね、幼稚園や小学校のお受験で落ちた時、心の中でこう思ったんです。『行きたくなかったけど、お父さんに言われたから受けたんだ』って」

「人のせいにする気か!」


「ね。お父さんのせいにしたくないから、会いたくないと言ってるんです。また何か失敗したら、駄目だったら、そう思ってしまう。『お父さんが強制するからだ』って。でもそれは、ズルくて……卑怯で……全然私は成長できないんです」

 少し試したくて立ち上がると、窓を開けた。窓を開ければ漂う香りと数と視線で、みかどは気づいてしまっている。

「お父さんは、私に興味が無いと思いますが、私、毎日毎日とても嬉しくて楽しくて……泣きたいぐらい胸がいっぱいなんです、アルジャーノンに引っ越してすぐに友達ができました。彼女は、こう言ってくれました『みかどちゃん、貴方はどうしたいの』って。私の意見を聞こうとしてくれる人なんて周りにいなかったから嬉しかった」


 次に、店長。優しい笑顔は、要領の悪いみかどを受け止めてくれた。

「どんなに物覚えが悪くても、諦めず、嫌な顔もせずに、最後までお仕事を教えてくれました。――否定せずに、受け入れてくれる温かさを知りました」

 リヒトと、トールにもみかどは感謝している。
「眼鏡でチビガリな私に、オシャレを教えてくれた方々もいます。こんな私でも、可愛いって、他の女の子と分け隔てなく接してくれました。オシャレをさせてくれる勇気をくれました」

それと反省する事も。

「お父さんは、ピーマンの花言葉を知っていますか」
 次々と喋りだすみかどに圧倒されながらも、父は鼻で馬鹿にするように言う。
「知らん」

「『同情、哀れみ』です。『知識が無いのは、時に残酷だ』という言葉は確かに間違えてないなって思いました。大学でも勉強はしっかりします。知識は無いよりあった方が良いって分かりましたから」

 日本人が、ドラガンに日本の知識を教わったのは、逆に良い刺激だった。
「葉瀬川さん……、葉瀬川教授も素敵な方ですよ」
 そう言うと、父は露骨に眉をしかめた。そこまで顔に出す父を、葉瀬川より子供っぽく感じてちょっと恥ずかしい。

「『君はまだ子供だ』、そう言ってくれました。いつも悩んでばかりの私は、すごく救われました」

「はんっ。高説だな。あいつは昔から女に好かれるからな」
 葉瀬川の話で更に父は不機嫌になった。言いたい事が、父に伝わっているのかが不思議だ。
「そうやってお父さんは、良い所も否定しますよね」
 そう言われ、父は目を見開いた。どうやら自覚が無かったようだ。
「まず全てに否定的な発言をするから、私はお父さんとの会話は怖かったです」
 嫌いです。大嫌いでした。


「だから、ですかね。『否定しないでまず受け止めるみかどの考え方、結構救われた』と、言ってくれた方も居ました。その人には……甘える事ができました。弱い私も全て受け止めてくれました」


 その人には甘える事ができた。弱い所も全て受け止めてくれた。そして、探していた兄だった。兄だと分かってもみかどにはまだ複雑な気持ちで素直に嬉しいとは思えていないが。


「それは今後気をつける。だがー……」
「皇汰の事ですか」