『勉強ができない奴は、私の家族には要らないんだぞ』
それは、みかどが小学校受験に落ちた時に言われた言葉だった。
『皇汰は、昔から利発て聡明で、本当に素晴らしい。代々、楠木家は学者ばかりだが、その血を受け継いでいるな』
 皇汰は、父に頭を撫でられて得意気に笑っていて、義母も満足そうだった。
『なのに、お前にはがっかりさせられる事ばかりだった』
みかどは、蔑んだ目で見る父親が脳裏に焼き付いて離れない。
『聖マリアを補欠入学なんて、恥ずかしいと思いなさい』




「どうしたの 楠木さん」
「はあ、はあ、はあ、せ、先生、お、おはようございます」
 息を切らしながら汗びっしょりで進路指導室に駆けこむとすぐに鍵をかけた。
「ち、父は」
「まだですが、もう来るんではないでしょうか。楠木さん、ほら、レディらしく落ち着いて、もっと気品を持った行動をしなさい」

 みかどの担任は、みかどに注意すると目の前のテーブルに座るよう促した。長テーブルで担任とは距離がある。まだ三十代前半だろう担任は、甘い香水がいつもキツく服装も化粧もややこの学校の校風には合わない感じだ。

 この待つ時間が、みかどは苦手だった。過去の嫌な言葉ばかり思い出して、父をどんどん嫌な人のように魅せてくる。良い事が思い出せれないのだ。嫌な記憶ばかり鮮やかに思い出す。――まるで昨日の事のように。
 揺らいでいる空を見つめてハッとした。一番最初の昔の記憶。父が、眼鏡を買ってくれた日。

『私に似て、みかどは勉強熱心だな』
そう言って、頭を撫でてくれたこと。でも、簡単に忘れていた。子供時代は、誰もが賢く見える。父親もみかどが賢い子に見えたのだろう。だが、時が立てば回りがどんな状況だとか、本当に頭が良い子が本領を発揮してくるのだ。アルジャーノンのように回りを理解してしまった後、次は自分の能力が回りより格下だと思い知らされ苦悩して行く。


「待たせたな。開けてくれないか」