もし定宗が、店長を見つけた『あの日』、捨てられた自分と、店長が重なってしまっていたのならば。みかどは許せないと心が震えた。身勝手な言動で傷つけた人を許せないと。
確かに望んだ通りに育たなくても、望んだ通りに全て上手く行かなくても、愛情が欲しい子どもを、傷つけないで。子どもの視野はまだ狭くて、親が世界の中心なのだから。それは、みかども店長も定宗も、同じなんだと。
「すみません。マダム。定宗さんは貴女にお返しできません」
店長は、ゆっくり、やんわり、そして寂しそうに言った。
「貧乏な僕より、貴女との生活の方が定宗さんは良いのかもしれません。けれど……僕と定宗さんは二十年、ずっと側にいました。だから、僕の家族を貴女に売る事はできません」
「てなワケで、十万みたいな端金じゃ依頼は受けられなくなったな。フランポワーズちゅわんを大切にしてやって下さい」
そう言って、岳理が厚川マダムと店を出た。猫違いなのか、本人なのか分からないが定宗は最後まで去っていく厚川マダムを見る事はなく、店長の腕の中に居ました。ふりふりと、定宗の尻尾が揺れている。風になびくように、一定に。
「定宗……さん」
みかどがそう呼ぶと、初めて定宗が自分から近寄ってきた。恐る恐る、定宗を抱き締めても、抵抗もしない。
「定宗さん……、好きです。私、定宗さんが好きです……」
ずっしりと重くて、抱き締めたら尻餅をついてしまったが、みかどの気持ちは止まらなかった。低重音の鳴き声も、睨みを凄ませる目つきも、大きくてずっしりしたお腹も、店長を見守る優しさも、猫達に慕われる、大きな心も、全部、全部が愛おしいと抱きしめる。今の定宗が一番好きだと。
「好きです……。ずっとずっと好きです」
ポロポロと溢れ出した涙は、悲しい悲しい現実の、涙。子猫だった定宗を、想像して溢れ出した涙。考えたくなかったけれども、これは現実だった。
「私も、……私も、補欠入学するような期待を裏切る私も、要らなかったんですよね」
そう。逃げないで直面した。自分は見捨てられた、ヴィクトリアーヌだったんだと。
「し……真実は怖いです。怖かったです……」
認めたくなかったけれども、もう逃げられないのだ。定宗がハラハラと溢れ出す涙を、溢れる度に猫パンチで拭う。
「うぅ……、痛い」
嬉しいのに、痛い。痛いのに、愛しい。
「僕は、感謝しますよ、みかどちゃん」
「お、兄さん……」
ふわりと、みかどと定宗さんを包んだ。甘いシナモンロールの匂いがして、とても安心する。
「苦しいですよね、……自分が惨めになりますよね。でも僕は、辛い過去1つ1つが、僕を形成してるのだから、感謝しています」
「お兄さん……」
「そう、気づかせてくれたみかどちゃんにも、感謝します。みかどちゃんだから、僕の事を分かってくれるんだって」
みかどの頬を叩いていた猫パンチは止み、次は店長の頬を猫パンチしていた。みかどと店長と定宗は、他人で、血なんて一滴も繋がってなくて、1ヶ月前までお互い知らなかった。でも今は、肉親より側にいる。



