岳理は水を飲みながら、アッサリ頷いた。電柱の写真は可愛い子猫だった。余りにも定宗とは違いすぎる。

「そうだけど」
「あ、バジル達にお水をあげてこよーっと」

 普通に話してしまった瞬間、何故だがみかどは胸が痛くなり再びダッシュでテラスへ逃げると、岳理は追いかけて来なかった。なんとか胸を下ろしつつ、バジル達に水をやり始める。

 みかどは今、ただ父の気持ちが知りたいだけだ。それが、残酷な結果だとしても。少しも愛情が無いのなら、みかども父に怯える事は無くなるだろう。
 現状を変わる為に、みかども父にに気持ちを伝えたい。そもそもみかどは今まで父親とちゃんと話したことなど無かった。
首をひねってみたけど、なかなか思い出せない。小学校受験で、補欠入学してから、テストの後は、あの蔑んだ目を見るのが怖かったし、皇汰と比較しては自分を下げられるから、なるべく会話しないようにしていた気がする。もしかしたら父親はみかどが、傷ついている事は知らないのかもしれない。それか、傷ついても別に心が痛まないのかもしれない。それは、本当に家族として機能しているのだろうか。

この十年、逃げてきた今、何も分からない。傷つくかもしれない。分かり合えないかもしれない。それでも、中途半端なままでは居たくない。
 色々と考えていたらエプロンのポケットの携帯が震え出した。慌てて携帯を開いて、みかどは固まる。携帯画面には、着信『お父さん』と出ていたから。ほんの数秒だったが、みかどには一年にもに何にも長く感じた一瞬。

「……も、もしもし」
『もしもし』
 それ、は紛れもなく約1ヶ月ぶりの父親の声、だった。
『着信が何度もあったようだが』


 やはり背筋がピンと伸び、緊張してしまう。みかどにとって父親は、『恐れ』の対象。そうなんだ。この人が怖いんだ。蔑んだ目も、威圧的な態度も、皇汰には向けられる笑顔も、全部全部、現実を知ってしまった今は、ただただ恐怖しかないのだ。

『たった今だ。空港に着いた』
 震える声の、なんて情けない事か。みかどは震える方に爪を立てた。
「三者面談の件ですが」
『それは私が先生と電話で話しておく』
 沈黙の後、やや不満そうな父の声に冷や汗が出た。
「でもあ『今日は今から会食が入っている。明日も会議や会合だ』
「大事な話なんです!」
『……』


父の話を遮ってそう叫ぶと、深い溜め息をついたのが携帯越しでも分かった。
『――どうせ、金の事だろう。お前が真絢と上手くいかずに出て行ったくせにな。お金は、1人暮らしの学生の必要な料金を統計データに基づいて送る』

事務的に言われてみかどは何も言い返せなかった。まだ、何か話していた気がしたが、情けない事に携帯を切ってしまった。

 あんな何年しか過ごしていない義母の話を全部信じ十七年一緒にいたみかどの話は何1つ聞いてくれない。そんな人の声が聞きたくなかったのだ。一番恐れていた真実が、現実だとしたら。
 ただただ、その場に座り込んでしまっていたみかどに、道路の方から声をかけられた。


「すみませぇん!ここぉ、『アルジャーノン』というお店かしら」
 振り返ると、ギラギラの金色縁のメガネに、飴玉みたいな宝石が乗った指輪を何個もした、紫色の髪の年配の女性が立っていた。

「此処で、イケメンの探偵と待ち合わせなのぉぉ。フフフ、入って宜しいかしらぁ」
 そう言ってズカズカと入って来る。遠慮の無いこの方の言動に、今はとても救われた。
「はい、あの中に多分お待ちですよ」
「まぁぁぁ! 本当に」
 いそいそと中へ入って行こうとして、ドアを開けた瞬間、その方は立ち止まった。
「ヴィクトリアーヌちゅわぁん……」