千景を押しのけてて、カフェの奥へ入って行く。

 追いかけようとしたみかどを千景が止めた。

「何でこんな事になってるのよ! あんたはもっと慎重にしてくれるって思ってたのに!」

「このカフェで、店長がにこにこ笑っているのは、嘘です。辛いことも悲しいことも乗り越えて笑わなきゃ、お兄さんはお兄さんじゃ、ない!」

が持っていた鍬を奪うと、そのままカフェに飛び込んだ。そして、一番奥の倉庫に立て籠った店長の元へ駆けて行く。ノックしても叩いても返事はない。ドアに耳を寄せても、物音1つしない。
「お、お兄さん! 居ますか!お兄さん!」

 すると、階段を下りてくる音が聞こえてきた。
「どうしたんじゃ 騒がしい」

 呑気に欠伸をしながら言うのは二日酔いのドラガンだった。
「ドラガンさん嫌い月間終わりにさせますから、手伝って下さい!」

 そう言うと、ドラガンは目をパチパチさせた。
「まだ嫌い月間だったんかい……」
「ドアを叩いても反応が全く無いんです。まるで、土日のアルジャーノンみたいに」
「ふむ」
 倉庫の意外と頑丈な扉で、ドラガンが押してもびくともしない。
「お兄さん!お兄さん!返事して下さい! 聞いて下さい!」

 扉に耳を合わせると、微かにグズッと鼻をすする音が聞こえた。
「み、かどちゃん……」
「お兄さん!」


「は……恥ずかしいから、今は放って置いて下さい。じ、自分が恥ずかしいんです。信じていた事が、全部全部嘘だったんです……」

 岳理が髪をかきあげながら舌打ちする。

「お、思い出したんです。おばさんの親戚にわ……笑われたのを。『財産目当ての薄汚い子ども』……『畳は美味しかったか』って」
 そう言って、店長はしばらく沈黙したと思ったら、ゆっくりゆっくり言う。


「で、も……お腹が空いてたんです。な、何でも良いから口に入れたかった……。恥ずかしい。自分が恥ずかしいです。土日は本当は置いていかれてただけなのに、暗示にかかって馬鹿みたいです」
 震える弱々しい声は、胸が張り裂けそうになる程に痛々しい。でも、同情は今はしてはいけないと、みかどは決意を覆さないように大声で叫んだ。


「こ、こんな所があるから、お兄さんは逃げるんです!」
 そう。こんなカフェなんてきっともう要らない。ここがあれば、店長はいつでも逃げ込み、外の世界を忘れてしまうみかどは岳理に鍬を渡すと、自分もスコップを振りかざす。
「みかど」
 スコップで扉を叩いたら、壁紙がハラリと垂れ落ちる。けれど、まだ傷ひとつ着かない。
「……ああね」


岳理さんも扉を叩くが、壁はビクともしない。
「――ああ、俺。今から鍬持ってみかどの部屋に集合な」
 岳理さんが電話で呼んでいる間、みかどはドラガンとひたすら扉を壊す。
「奇襲とはなかなか策士じゃな」


 ドラガンとみかどがスコップで壁を叩き岳理が鍬で傷つけて、千景が悲鳴を上げる。けれど、まだまだ壊れない。