見下ろす岳理は、店長を痛ましげに見つめる。

「――が、くり、くん」
 上半身を起こして貰った店長が、驚いた顔で岳理を見る。
「が……岳理くん」
「……ああ」
「あなたは岳理くんですか……」

「――岳リンでも良いケド」

 そう言うと、店長は微かに笑って目に涙を浮かべました。店長はまた胸を押さえました。「……岳理くん」
「ああ」
「岳理、くん」
「ああ」
「岳理くん」
「何だよ、ソレしか言えねぇの」

 呆れたように言いながらも、岳理の瞳も滲んでいる。
「何故、大事な親友を僕は」

 そう言い終わる前に、頭を押さえまた苦しそうに息を吐き出す。

「四年前の飲み会前の研究室だ、鳴海」
 岳理は容赦なく言った。
「思い出せるか その日を」
「……嗚呼っ」

 支えてくれていた岳理をやんわり押すと、子どもの様に何度も何度も首を振る。思い出すのを拒絶している。
「お前も、諦めろって」

 震えるお兄さんに、岳理は舌打ちすると、腕を掴んで起き上がらせる。
「お前が、何に怯えてるか、何で記憶を忘れてるのか、俺たちは全部知ってるし」
 そう言って、此方を振り返った。
「全部受け止める、絶対に」
 呆然と岳理を見つめる店長に、みかどもゆっくり近づいた。すると、怖がり数歩下がったが、めげずにみかどは反対の腕を掴む。
「辛い過去に捕らわれないで欲しいです。一緒に楽しく過ごして、楽しい過去を作りたいです」
 『それ』は、自分に言っているのか、店長に言っているのか……。過去に縛り付けられて、未来を諦めて、人と距離を置いて、――傷つく事なく生きていくのが、全てではない。店長がみかどの一歩を支えてくれたように。アルジャジーノンのように統計学の実験体だったみかどを、店長が受け止めて迎え入れた。だから店長も諦めないで欲しいと。

「――何やってるの」


 何故か手に新品の鍬を持っている千景が道路から此方を見る。
「何で、岳理さんが居るの ねえ!」
 千景は驚きながらも、テラスへ入ってくる。すると、店長は二人の手を振り解いた。
「……たかった」
 真っ赤な顔をして、泣きそうな顔で精一杯笑って言う。

「思い出したく、なかった……」

 そう言うと、頬を一滴の涙が伝った。
「僕は、可哀想な……惨めな子どもです」
「お兄さんっ!」