「嫌だ」
 呑気に定宗と尻尾で攻防を繰り広げていた岳理は、あっさり却下した。
「お、お兄さんが倒れたらどうするんですか!」
「倒れたら、倒れた時だ」



「みかどちゃん、おしぼりを」
 カランカランとお店のドアが開いたと同時に、岳理の顔をお盆で隠す。

「スイマセンっありがとうございます!」

 不自然にお盆で隠された相手に、店長は首を傾げた。
「こ、の匂い……」

「へ」
 店長が呆然と目を見開き、右手で顔を覆う。
「――JohnPlayerSpecial」

「JPS、懐かしい匂いだろ」

 フーッと煙を吐き出し店長にかけると、岳理は言う。
「学生時代から、銘柄は変えてない」

 煙草だ。店長は煙草の匂いで記憶に触れたのだ。店長は2、3歩後ろにふらつくと、両手で顔を覆った。
「……れ」

少し息を荒め、絞るように声を出す。
「あ、なたはだ、れですか……」
 岳理は答えなかった。代わりにもう一回煙草の煙を吐く。



 店長はその場に呆然と立ち尽くしていた。足が微かに震えているのが伺える。

 店長が覆っていた両手を下げて、ギュッと握り締めました。

「お願いします。マスクを除けて下さい」


 店長の目は真っ直ぐで、でも微かに怯えて足は震えていた。みかども、お盆を持つ手が震えます。いやだ。いやだ、やめて。同時に色々と考えがよぎったが、頭をポンポンと大きい手に叩かれた。
「みかど」
 煙草を持った岳理がマスクを片手で持ちあげた。
「諦めろ」

 みかどの震えた手から、お盆が落ちる。ゆっくり、スローモーションで。
 ――カランカラン……お盆が弾けて床を回る。

「久しぶり」
 最初に話したのは岳理。徐に携帯灰皿を取り出すと、煙草を押しつける。
「会いたかった。――会いたかったよ、鳴海」

 優しい、笑顔。控えめなのに、優しさを滲ませた笑顔で、岳理は店長を見た。


「大学時代から、動物の気持ちを理解する機械を発明しようとしてたもんな、お前。この被りモノ、それの名残だろ」


 4年間。ただただ親友を心配した日々は、とても長くて、苦しくて。それなのに、たった一言で岳理は時間を縮めた。離れていた時間を感じさせない、柔らかな口調で。


「あ、なたは……」
「本当に忘れちまったか」
 クッと笑うと、岳理は髪をかきあげた。
「酷ぇ奴。俺は、忘れた事はなかったのにな」

「り……」
 店長は、ヘナヘナと膝をつくとその場に力なく座り込んだ。
「が……く……うっ」
「お兄さん!!」
 店長は急に倒れ込み、苦しそうに息をし出す。両手で頭を押さえ虚ろな瞳だ。ゼエゼエと胸を押さえている店長に、岳理は無表情で近づく。

「怖いか」