岳理は読んだ事あるらしい。お姫様が塔の上に閉じ込められて、王子様に助けられる話じゃないのか色々考えていると、いつの間にかアルジャーノンの前に到着していた。何も言わず車を止め、みかどもお礼を言ったまま、降りる。やけにあっさりし過ぎて寂しい。すると岳理が窓をあげてみかどを静かに見つめた。
「みかど」
「はい」
しばしの沈黙のあと、岳理さんゆっくり言います。
「さっきの階段の所で落としたモンあるだろ」
「へ へ」
慌てて携帯やらカバンやら確認すが、――何も無くなっていなかった。何の事か、検討もつかず困っていると、溜め息を吐かれた。
「俺に会いに来てくれた気持ち、本当は何だか分かってんじゃねーの」
「!」
「あの場所に置き去りにすんなよ」
そう言って一言一言区切る様に言った。
「俺への気持ち、だ」
すぐに窓を閉め、アクセル全開で車は去って行く。それが、言った本人が照れてしまったようにも見えたが、みかどがボッと発火したかのように顔を真っ赤にして腰を抜かした。
大声で違うと叫びたかった。だが、だったら何で会いに行ってしまったんだろう。何で抱き締められて、安心したんだろう。離して欲しくないって切なくなったんだろう。言うだけ言って、さっさと逃げた岳理が憎いとさえ感じている。
早く店長の笑顔を見て安心して、この気持ちを落ち着かせたい。みかどはそう思っていた。
もし、自分が店長を塔の上から助け出す王子様になるとしたら、あなたは何ですか
そう聞きたくて聞けない、苦しい夜が始まる。



