わたしは振り返らなかった。一度止まったら負けのような気がしたから。
どうして止めたんだろう。
どうして怒鳴ったんだろう。
初めてだった。
人に怒りをぶつけたの。
初めて知った。
自分の気持ちを言うだけで、こんなにも清々しくなれるなんて。
「………確かに。」
そんな時、背後から低音の声が届いた。
「確かに人間全員楽なんて、してねえよな。」
足が自然と止まる。
でもわたしはまだ、振り返らない。
「適当なこと言って、悪い。」
あー。
だから嫌いなんだ。
こういうところ、すごく嫌い。
こっちが勝手に熱くなってバカみたいじゃん。まるでわたしが加害者みたいじゃん。彼だって散々わたしを見下してたのに。
なのに…なのに、どうしてそんな簡単に謝れるの?
嫌い。
だからわたしは何も答えなかった。
結局は、わたしが一番弱い人間なんだ、きっと。
「お前さ…案外良いやつだな。」