「なっ…!」

「バーカ」


そう言ってまた歩き出そうとした彼の背に、わたしは知らないうちに喋りかけていた。

「あのさ!」


やばい。わたしは今、何を言おうとしている?

どうしてか身体が危険信号を出している。


「…ら、楽なんて、軽々しく言わないでよ」


『人間の方がよっぽど楽してるんだよ。自由なんて、軽々しく言うもんじゃねーよ』


ムカついた。

すごく、すごく、腹が立った。


「…あ?」


ゆっくりと整った顔が振り返る。


「人間が楽してる?」


胸の奥でふつふつと湧き上がってくるこの気持ち。

久しぶりに誰かに面と向かって怒りを押し出すような気がする。


「笑わせないでよ。」


神木竜馬が僅かだけど目を見開いた。


「ばっかじゃないの」


もう、一度喋りだしたら止まらない。


「それは、あんたの話じゃないの?あんたが全てを楽に生きてるんじゃないの?人間人間って、世界中全員あんたと同じ経験をしたと思ってたら大間違いよ!ばっかじゃないの!」


『お母さんがね、帰ってこないの。』

『僕、死にたい』


体育をしていて誰もわたし達に気を止めている人はいない。

運動場の隅で、わたしはなおも言い募る。


「児童虐待、貧困、犯罪、数えればいくらだって人を苦しめているものはたくさんある!適当に言わないでよっ!」


完全なる八つ当たりだってわかってる。

だけど興奮した気持ちはおさまらなくて、腹が立って腹が立って仕方がない。


全てを見下している神木竜馬が大っ嫌いっ!


「少しは調べてから言ったらっ?」


神木竜馬がどんな顔をしてるのか、それさえも見る気がおこらなかった。

そのままあいつの横を通り過ぎた。


これでもう二度としゃべることはないと思う。

だけど、なぜだかすっきりした。


さっきまでガンガン鳴ってた頭も、いつの間にか痛みは引いていた。


あーあ。言っちゃった。


だけど、後悔はしていないはず。