翼を広げて


「ねえ…!」

心臓がうるさい。

気だるそうに振り返るあいつは、『なんだよ』、とでも言いたげにわたしを見据える。

「…どうして聞いたの?」

「…別に。」

そう言って歩み去る神木竜馬は、一匹狼を連想させた。

ふっと、自分の膝がガクガクと震えていることに気づいた。

いくら息を吸っても体に血が廻らないような気がする。

貧血かな…

体がふらつきそうになって、咄嗟に近くの木の幹に全体重をかける。

まただ。


頭痛い。


「帰らなきゃ…」

やばい…やっぱり頭痛がひどい。そのうち引けばいいけど…


歩きながら、ふと小さい頃、お腹を壊した時のことを思い出す。両親に、『雨の中遊んだからだ!!』ってこっぴどく怒られて、泣きながら謝ったっけ。

だけど布団の中でしくしく泣いてたら、二人がおかゆを運んできてくれて、すごく嬉しかったのを覚えている。

ぼんやりとした意識の中、綺麗なアパートの一室に辿りついたことに気づき、無意識に玄関のチャイムを押す。

すると、タッ、タッ、タッ、と足音が聞こえ、

「おかえり〜!」

と、笑顔で出迎えてくれたのは二つ結びをした女の子。

「伶奈、走らないの!」

そう言いながら小走りで現れたのは、ピンクのエプロンをつけたお母さん。

「おかえり、咲ちゃん。」

「ねえねえ、咲ちゃん!これ見て!」

一枚のプリントをひらひらとさせる伶奈は自慢げに言う、

「漢字テスト100点だったんだよ!」