女子トイレは比較的きれいだ。
清潔にしていないと先生に見つかった時の説教が怖い。
みんな部活に励んでいるのだろう。女子トイレの小さな天窓から校庭の掛け声が聞こえる。
わたしは部活に熱がきっと持てない。だから帰宅部で正解だ。それに怒られるのも嫌いだし。先輩関係もドロドロしてるっていう噂を聞くし。とにかく、帰宅部でよかったと本当に思う。
蛇口をひねって手を洗っていると、どこからか静かなハミングが聞こえてきた。
優しい、すっと違和感なく心に染み込んでくる、空気みたいにきれいに透き通った歌声だ。
低音だから、きっと男子だ。
こんなに歌がうまい人っていたっけ?
先輩は2年の廊下にいるわけないし…誰だろう?
そっと廊下を覗いてみるけれど、それらしき人物は見当たらない。きっと隣の男子トイレからだ。
「……遠く、光る…星空を見て…フフフン、フフフー…。」
どこか切なくなるそんな歌声に、気づけばわたしは完全に惹かれていた。
突然、すべてがどうでもよくなった。ただ、世界にはわたしとその歌しか流れていないような気がした。
心地よかった。
気持ちよかった。


