ゆっくりと体を起こして廊下に出れば、前方の音楽室からも一人現れる。

少しだけ前屈み気味な体に、風なんて吹いてないのに揺れているように見える黒い髪。

幻でも見ているかのように、体の輪郭が浮き上がっているように見える彼。

月みたい。

夜の湖面を照らす月光。

だけど、それ以上に…


雲みたい。


どこまでも続く青空にぽっかりと浮かぶ、一つの雲。

緩やかに流れていくそのふわふわの雲こそが、彼にぴったりの言葉と思った。

…まあ、口を開かなければの話だけど。

ふっ、と、何を思ったのか神木竜馬が振り返る。

わたしたちの視線が交差する。


「鳥にはなれねえよ。」

「…は?」


思わず素の自分が出てしまい、しまった!と思う。


透き通った瞳がわたしを透かし見るようにこちらに向けられる。


「少しは調べてから言えば?」

「何言ってるの?」


彼は呆れた、というようにわたしを見る。


「自由。」

「へ?」

「鳥が自由だなんて、幼稚園生しか言わねえよ。」


何を言ってるんだこいつは。


「ちゃんと調べてから口にしろよな。」


無機質な声で言ったかと思えば、また背を向けて歩き出す。


キーンコーンカーンコーン、

キーンコーンカーンコーン


わたしが言葉を返そうとした時、

予鈴のチャイムが遠くからぼおーんと空気に乗って流れてきた。


結局神木竜馬は前以上に謎に包まれたのだった。