みんなは電車で帰るから、やっと人の群れから解放される。
わたしはさりげなくため息をつきながら、家路につく。
どうしてわたしはこんなにも窮屈な思いを毎日しないといけないのだろうか。
神様は意地悪だ。
まあ、もともと神様なんて、信じてないけど。
「ただいま。」
マンションの一室に足を踏み入れた途端鼻の奥を吹き抜けるのは、甘いケーキの香ばしい香り。
「おかえり、咲ちゃん。」
そうカウンター構造になっている台所の奥から微笑むのはわたしのお母さん。
「学校どうだった?」
「うん、楽しかった。」
いつものように答えてカウンターに身を乗り出す。
「わあ、美味しそう。」
「おやつにどうぞ。」
そうおしゃれな小皿にアップルパイを盛るお母さんは、きっと誰もが思い描く理想の母親だ。
優しくて、綺麗で、お菓子作りが大好き。
手を洗うとダイニングテーブルの前で手を合わせる、
「いただきます。」
口の中に広がるのはパリッとしたアップルパイの歯ごたえのある感触と、ジュワッと広がる焼きりんごにまぶしたシナモンの味。
「どう?」
「おいしい!」
「ありがとう、咲ちゃん。」