暑い。暑すぎる。
 高く昇った太陽が真上から照りつけてきて、アスファルトに俺の影を濃く焼き付ける。
 青い空と蝉の声、時折吹き抜ける草の匂いを含んだ風――夏を象徴するすべてのものが、俺にまるで「青春してるかい?」と尋ねてきている気がして、無性にイライラしてくる。

「青春って、なんだよ……クソ!」
 
 坂道を登りながら八つ当たりみたいに独り言ちた。
 汗が、虚しく滴り落ちて、アスファルトの上でジュッと蒸発した。

 青春って、本当になんなんだろう。
 何かに打ち込んだり、誰かを一生懸命好きになったり、たぶん、大人になって振り返ったときに「ああ、あのとき自分は頑張っていたんだ。輝いていたなぁ」なんて思い出せる時間のことなんだと思う。
 だとしたら俺は今、青春からは遠いところにいるんじゃないだろうか。
 部活もやっていない。
 可愛い女の子との楽しい約束もない。
 ただ、適当に申し込んだ学校の夏の課外に参加して、それが終わればこうして暑い中家に帰って、それからはただゴロゴロして過ごすだけの日々だ。
 熱も彩りもあったもんじゃない。
 夏休みだっていうのに!

「……眩しい」

 今まさに、青春を謳歌しているだろう友達の顔を思い浮かべて、その眩しさに眩暈がした。
 一年のときから仲良くしてる田中は、今日は部活の県大会で夏期講習を休んでいた。毎日毎日、朝と放課後は練習に打ち込み、やっと掴んだレギュラーだから、絶対にいい結果を残すと意気込んでいた。
 今年からつるむようになった橋本は、出来たての彼女と課外があるときは毎日一緒に帰るからと、笑顔で言ってきた。玉砕覚悟でクラスで一二を争う人気女子の松野さんに告ったら、付き合えることになったらしい。
 俺以外のみんなが、夏を満喫しているように感じられる。
 部活をやっている奴らはこの時期が一番忙しいだろうし、恋人がいる奴らはイベント目白押しだ。
 帰宅部でも塾に行っている奴がほとんどで、目標を持ってこの夏を過ごしているんだろう。
 俺は、中学のときは別段勉強で困ることはなく、偏差値だけ見て行けそうだと判断して今の高校へ進学した。
 そこそこレベルの進学校だが、何か特別学びたかったことや目標があったわけじゃない。
 それなのに、部活にも入らず、塾にも行かず、ただダラダラとしている帰宅部生だ。
 高校に入ってからは身だしなみに気をつけているから、ダサダサとか不潔というわけでない。だから女子から遠巻きにされることは決してないが、かといってモテたりもしない。
 橋本のように、傷つく可能性があっても想いをぶつけたいほどの相手はいない。
 何にもない。
 灰色だ。
 だけど、それは自分が何にも一生懸命じゃないからだってわかっている。

「……熱くなれること、ねぇかなぁ」

 声に出して言ってみると、すごく恥ずかしい。
 だけど、これが俺の願いだ。
 胸を熱くさせるものに出会いたい。
 何かに一生懸命になってみたい。
 俺も、青春したい!

「わっ!何だ? ……猫か」

 あと少しで坂を登りきり目的地へ到着というところで、足にふっさりとした柔らかいものが触れた。あやうく踏んづけてしまいそうになったそれは、よく見れば猫だった。