いつの間にこんなものが出来たんだろう。

深夜の駅前、大きなマンション。その1階はスーパーや、いろんな店舗や古くからある医院が移転して入っていた。
人工石の床が雨で滑る。
慎重に足を運び、雨から身を隠した。
台風の残り雨だろうか。
パラパラと雨が降り出し、傘のない槙村秋は閉店したスーパーの入口に雨宿り、肩や髪に降りかかった雫を払った。
時間が時間なだけに人の姿はない。
ベッドタウンと言えば聞こえは良いが、取り立てて何もない街だ。
深夜に開いてる店なんかはコンビニや某ディスカウントショップくらいで、そこに集うのは行き場のない、やんちゃな少年少女だけだ。
雫を払うと、足音に気付いた。
傘に雨が当たる音、靴の底で水が踏まれる音も。
顔を上げた秋の視界に、背の高い男が大きなビニール傘とコンビニ袋を手に、こちらへ歩いて来るのが見えた。
こんな時間に、人がいるんだなぁ。
秋は生まれ育った街の深夜は皆が眠っているものだと思っていた。
小学生の頃は日本中が12時を回れば、眠りにつくと信じてた。
今、考えてみたら、二人のそれは必然であった。
神様が仕組んだ悪戯。
神様が決めた運命。
神様が与えた試練。
傘を手に男は立ち止まる。
深夜に女が雨に濡れている。
傘はないようだ。
神様はまず、ひとつ。
ここでお互いがどう出るか。
男と女は暗い雨の路上で視線が交じる。
距離にして10メートル。
遠いような、すぐ近くのような微妙な距離。
秋は、少し掘りの深い男の顔をはっきりと捕らえると思う。
いい男かも、と。
黒髪は短めで上に立ててある。しかし、若者みたいに作りこんではいない。唇は薄いほうで鼻筋も通っていて、顎は細い。
目元は切れ長で、黒目がち。
傘を手に男は近くまで来ていた。
そしてはっきりとした喉仏を上下させながら、言った。
「待ち合わせ?」
正直、思わぬ言葉だった。
下手なナンパみたいで、少し笑えた。

この時点で、神様は悟った。
ボタンを押すべきだ、と。
「いえ、違います。ただの雨宿りですよ」
他人行儀な言葉を交わしたが、交わしたことに意義がある。
大概の男女のはじまりなんて、最初の交わしたか交わさないか、が肝心であり、そこでこれからが決まる。
交わさなければ、糸はひらひらと次を求めてまた風に乗るだけ。