食べた食器の後片付けを済ませ、母さんが迎えにくるまで、テレビを見て待つ。
じいちゃんは、ばあちゃんが帰ってきたら飲みたいだろうと、お茶の支度をしてから居間にやって来た。
ケンカもしてるけど、じいちゃんはばあちゃんに優しいと思う。

年を取ると膝が痛いらしく、ゆっくり腰を下ろして座椅子に座る。

「じいちゃん、カレーうまかったーありがとう」

無理言って作ってもらったハンバーグカレーだけど、作ってもらって良かったと、心から思った。
じいちゃんは、笑ったまま、新聞を広げ、老眼鏡をぐいっと耳にかけた。


「そりゃあ、ユウが自分で作ったからさあ」

半分以上自分が作ったはずだけど、じいちゃんはぼくの手柄にしてくれた。

「はじめてこんな難しい料理をしたからかな…でも、はじめて食べる味だったよ」

母さんのカレーももちろん美味しいのだけど、今日食べたカレーは、それとは別の味がした。
じいちゃんは、新聞からちらっと顔を上げ、小さく笑った。

「お前の母さんのカレーは、ばあちゃんのカレーだからな」

「ああ、そうそう!ここでばあちゃんが作るカレーと似てるんだ」

母さんはばあちゃんの子供だから、べつに不思議じゃないよね。
じゃあ、じいちゃんのカレーは、誰のカレーなの?
って聞いたら、じいちゃんはなぜか遠い目をして、ぼくの頭をくしゃって撫でた。

「じいちゃんのカレーはな、不思議カレーだ」

「不思議カレー?」

「そう。じいちゃんの不思議カレーだ」

いたずら小僧みたいに笑ったじいちゃんは、ぼくの頭をポンポンと叩いて、口を開けて笑った。

「なんだよ、不思議カレーって…」

聞いてみたけど、じいちゃんはニコニコ笑うだけで、それ以上教えてくれなかった。




しばらくして、母さんが迎えに来て、ぼくはお礼を言ってじいちゃんちを出た。

帰り道、母さんに不思議カレーのことを聞いてみると、母さんは
「おじいちゃん、カレー作ってくれたの?」
って、意外そうに笑った。
「ぼくだって手伝ったんだよ!野菜切ったり、ハンバーグだって焼いたんだ」
じいちゃんに全部やってもらったわけじゃないと主張すると、母さんは優しく笑って、さっきのじいちゃんみたいに頭をくしゃって撫でた。
「そうかあ。ユウ、料理も出来るようになったんだねえ」
ぼくは照れ臭くなって、思わず俯いてしまった。母さんに誉められたことが嬉しくて、にやけてしまう顔を、見られるのが恥ずかしかったんだ。

俯いているついでに、なんとなく、手を開いてみた。

少し汗ばんだ手のひらには、ほんの少し、カレーの香ばしい香りが残っている。

そのとき、なぜかぼくは、母さんが台所にたってカレーを作っている後ろ姿を思い出していたんだ。