「ユウ。今日、母さん仕事遅くなるらしいぞ」

放課後、いつものようにじいちゃんちに寄ると、草取りしていたじいちゃんがゆっくり顔をあげて言った。

「さっき電話があった」

母さんが遅くなる時はたいがい、誰か仕事の仲間に具合の悪い人が出た時だ。
母さんはチームのリーダーだから、その人の代わりに、交代の人が来てくれるまで、仕事をしてから帰ることになる。
いつもだったら父さんが帰ってきて迎えに来てくれるけど、生憎今日は出張で留守だ。

ぼくは、器用にスコップで雑草をほじくるじいちゃんの横に座って、手近な草をぷちりと摘んだ。

「じゃあさ、今日はじいちゃんちでご飯食べていい?」

じいちゃんは一瞬目を丸く開いて、汚れた手袋で顎の下をちょっとかいた。

「そりゃ、いいけども…今日はばあちゃん、同級会に行ってるから遅くなる…じいちゃんじゃあ大したもんはつくれねえぞ」

「いいよ、いいよ。ぼくも手伝うからさ」

困ったような顔をするじいちゃんの肩をたたいて、ぼくは大きな草の根本に手をかけた。
確かにご飯や洗濯のほとんどは、ばあちゃんがやっているけど、じいちゃんだって、イクメン何て言葉が出始めた頃の世代の男だから、ばあちゃんが、腰を痛めたりすると、味噌汁作ったりご飯を炊いたりしてるのをぼくは知ってる。いざとなったら、簡単な料理の一つや二つ、できるに違いない。

それになにより、ぼく自信が料理を作ってみたかった。

ぼくんちは共働きで、母さんが、朝、夕食の下ごしらえをしてから出勤する。
帰ってくると慌ただしく料理してしまうから、ぼくはテーブルの支度と食器洗いのほかには手伝うこともなくて、台所は母さんだけの独壇場だった。

やりたがっても、一人で包丁や火を使わせるにはまだ危ないから、と、やらせてくれないし。

だから、ばあちゃんがいないとわかって、ぼくは内心やった!と思った。ばあちゃんには悪いけど。

大きな草の根は、ジメンニびっしり這っているらしく、びくともしない。
力を込めて引っ張るが、ぶちぶちと根本の草が千切れるだけで、なかなかに強情だ。

悪戦苦闘するぼくを見ながら、じいちゃんは、ふと、思い付いたように手をたたいた。

「そうだ。ユウ、ハンバーグカレー作るぞ」

「ハンバーグ、カレー?」

何度かの挑戦で、やっと根本が動くようになった草を、ぼくは思いきり引っ張った。
ぶちぶちっと根っこの切れる音がして、大きな草はやっと地面から離れてくれた。
いきおいでしりもちをついたぼくに、手を貸して立たせると、じいちゃんはニコニコしながら汚れた手を洗って、庭に面した和室の電話台からメモと鉛筆をとり、何やら書き付けて、お財布と一緒にぼくに渡した。

「スーパーで、それ買ってきてくれ。ハンバーグカレーの材料だ」

「買い物行くのはいいけど。ハンバーグカレーって、じいちゃん、作り方わかるの?」

カレーはともかく、ぼくはハンバーグの作り方をまだ知らない。
大好きなハンバーグとカレーの組み合わせは最高だけど、男二人で挑戦するには少し難しくないだろうか。
手伝うから大丈夫何て言っておいて無責任だけど。

心配するぼくに、じいちゃんは相変わらずニコニコ笑ったまま大きく頷き、頼もしそうに胸をたたく。

「任せとけ。じいちゃん、ハンバーグカレーの作り方はよーく知ってる」

ぼくは「ほんとかなあ」と、小さく首をかしげながら汚れた手を洗って、じいちゃんから財布とメモを受け取った。