じいちゃんは、そこまでしゃべると、満足そうに笑った。
冷蔵庫からジュースを出して、ぼくに飲むように勧めて、自分は急須のお茶を湯のみに注いだ。
もう、冷めて温くなっただろうお茶をうまそうに飲んで、じいちゃんは、窓の外でうるさくなくセミの声に耳を傾けた。

「こんな、暑い夏の日だったよ。セミの声も、風鈴の音も、扇風機の生ぬるい風も。唐揚げの油の音、鉄棒の熱さ、夕焼けの色、ハンバーグの油が跳ねる音、カレーの香り、カルタ、すごろく、トランプ、石鹸の香り、水鉄砲の飛沫、本を読んでくれる声、朝を告げる声、とん汁の味、鬼ごっこで流れた汗…母ちゃんのぬくもり、手の暖かさ…何もかもが、幸せに溢れていた」

湯のみの中で、飲みかけのお茶が揺れた。まるで、陽炎みたいに。

「遠くのテーマパークに行かなくていい。豪華なレストランにいかなくていい。高価なおもちゃも、高級なデザートもいらない。俺はただ、母ちゃんに、えらかったね。お兄さんになったね、って、そう、言って欲しかったんだ」

男は、いつまでたっても甘ったれで困るな。

じいちゃんは、そういって、もう一口お茶を飲んだ。

「だからな、ユウ。悲しむことないんだ」

いつの間に涙を流しているぼくに、じいちゃんは手を伸ばし、頭をくしゃくしゃと撫でた。

「じいちゃんは、生きた。精一杯生きた。母ちゃんの言った通り、嫌なことも、悲しいことも、山ほどあったけど、親友に出会い、お前の母さんやおばさんに出会い、お前たち孫の顔を見ることが出来た。何より、ばあちゃんに出会えた」

今まで見たどんな顔より優しく、じいちゃんは微笑んだ。

「じいちゃんは、生きた。お前も、精一杯生きろよ、ユウ」


セミの声が、いっそう暑苦しく賑やかになった。
ギラギラ光る太陽が、じいちゃんの幸せそうな横顔を、黄色く照らしていた。