俺が小学校二年の夏だった。夏休みになる少し前。

その朝は、いつもと同じ、眠い目を擦りながら起きて、ぼんやりしながら朝ごはんを食べて、着替えをしてから少し余った時間でテレビを見てた。
ランドセルの支度をしていないことを怒られて、テレビを消された俺は、母ちゃんとケンカした。
迎えに来た友達と、プンプン怒りながら家を出て、背中に聞こえた母ちゃんの「忘れ物ないの?」の声に、「ないよ!」って怒鳴った。

俺は単純だから、学校につく頃にはケンカしてたことも忘れて、帰ったら友達となにして遊ぼうか、夕飯何かな、おやつのアイスはあるかななんて、のんきに考えてた。

一時間目が終わる頃、教室の外にある内線電話が鳴って、先生が首を傾げながら出ていった。
授業が止まってラッキーなんて思っていたら、先生があわてて俺のそばに来て言った。

「ジロ。今から、帰りの支度をしなさい。保健室で、お姉さん達と一緒に待っていて…おばあさんが迎えに来るから」

「何で?」

俺が聞くと、先生は難しい顔で少し考えてから、言葉を選ぶように呟いた。

「お母さんが、具合が悪いらしいんだ…だから、すぐ病院に」

迎えに来たばあちゃんに連れられて、俺と姉ちゃん達は、病院に向かったけど、母ちゃんはもう、目を開けてくれなかった。


行ってきますも、いってらっしゃいもないまま、ケンカしたまま、俺は、母ちゃんと別れることになった。

夏休み、水族館にいく約束も、俺の誕生日にハンバーグを食べに行く約束も、全部果たせないまま。

たった一つ、母ちゃんがいなくなってしばらくして、俺の誕生日プレゼントに、母ちゃんが頼んでくれたブロックだけが、その年の夏休みの思い出になった。


俺は、やっとそれを思い出したんだ。