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 私の学校の近くに壁ドンカフェが出来た。
 異性に行く手を遮られるもののどこが良いんだろうってツッコミはさておき、友達に誘われた私はとりあえず行くことになった。
「壁ドンだよ!ときめきイベントだよ?」
 果たしてそうなのか。
 力説する友達を冷たくあしらうわけにも行かないので、特に言葉を返さないまま壁ドンカフェ『夢の杖──ドリームスティック──』に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー」
 黒いメイド服を着たなんだかほのぼのほんわかした雰囲気の女店員さんに出迎えられる。彼女が壁どんされる側なら絵になったんじゃないかなと思った。
「お客様、二名様ですね?」
「はい」
「こちらへどうぞ」と席を通される。ここまでは多分普通の喫茶店だと思う。
「あのー壁ドンって……」席に腰掛けて、友達が店員さんに問う。
「当店ではお客様の日頃の鬱憤を聞いて、代わりに壁を殴るサービスなんです」
 なるほど、これも壁どんなわけだからそれに含まれるね、
「あれ?」
 友達は不思議そうにしている。
「それでは、ご注文がおきまりになりましたらお呼びください」
 二人分のお冷やを置いてお姉さんは去って行った。
「えーっと、どうしよう」
「ケーキ頼むときに言えば良いんだよね?」
「だと思うけど……」
 メニューを開く、どうやらおすすめはシフォンケーキらしくて、ほかのケーキやパフェもちょうど良い値段をしているから迷ってしまう。
「私カボチャタルトにしようかな」
 友達はあっさり決めていた。
 とりあえずシフォンケーキと紅茶にしよう。
「決まった?」
「うん」
 店員さんを呼ぶと、今度はなよなよした少し頼りなさそうな店員のお兄さんがやってくる。
「ご注文お決まりですか?」
「ええと、私はカボチャタルトと珈琲で」
「シフォンケーキと紅茶のセットお願いします」
「かしこまりました、壁ドンのサービスはいかがいたしましょう」
 お兄さんは伝票を書いてから微笑んだ。
「えっと、今でも大丈夫ですか?」
「はい」
 友達は壁を殴って欲しいことがあるようだった。おっとりしているけど順応は早いから私でもびっくりすることがたまにある。
「壁ドンしたい理由をお聞かせ願えますか?」
「えっと、この前……」友達は壁どんしてほしい理由を話していく。結構壮絶なことがあったようで、お兄さんは頷きながら聞いていた。
「と、こんな感じなんですけど」
「かしこまりました、それでは壁どんをはじめますね」
 お兄さんはこきこきと手を鳴らして長く息を吐いてから、思い切り壁を殴りつける。
 ドンッ!!!
 それは、もしかしたら隣の建物にも聞こえちゃうんじゃないかと言うくらいに力強い音だった。
「当店は防音にも配慮しております」
 にっこりとお兄さんは笑みを浮かべる。これがギャップという奴なのかもしれない。
「ありがとうございます!」
「あの、もしかして女の店員さんも壁どんを?」
「ご要望があればできますよ」
 あのお姉さんの雰囲気からはとても想像がつかないけれど、ちょっと見てみたいと思った。
「えっと、じゃあ私はその、お願いします」
「かしこまりました」

   *
 お兄さんは昼間お仕事に行く。
 特にやることのないぼくは、お兄さんの作っていったやけに真っ黒なチャーハンをばりばりと食べている。
 おばけなのに食べることも寝ることが出来てびっくりだけど、それ以上にお兄さんの作るご飯はまずい。おばけのぼくがたべてもきついものがあるのに、あのお兄さんはいつも平然と食べていて、いつか倒れないか心配だ
 プリンで口直しをしようとしたけれど、今日はプリンが冷蔵庫に入っていなくて、しかたなく水を飲むことにした。
 そうしたら、ひどい味の口の中がもっとひどくなった。

    *
 お姉さんの壁ドンはやばかった。
 お兄さん以上の力強さで、少し壁がへこんだように見えたんだけど……そうでなくても、このお店はいつか壁に穴が開きそうだ。
「また来ようかな」
 私がそう言うと、友達は首を横に振った。
「もう行かない」
「そっか」


(おわり)