ほんの少し声を震わせながら、私は彼に話しかける。
「手が痛いの」
「あぁ。すみません。つい力が入ってしまいました」
おどけたような表情をしながら、榊さんが私の手を離した。そして煌びやかな腕時計で時刻を確認する。
「麻莉さん、店の予約時間になってしまいましたよ。さぁ、早く行きましょう」
私は痛む手首を摩りながら、二歩ほど後ろに後退する。
「その前に……私、榊さんに言っておきたいことがあります」
覚悟を決め話を切りだすと、母が「麻莉!」と声を荒げた。
「余計な話などしている暇などありません。行きますよ」
注意を受けたけれど、私にとっては余計な話ではない。大事なことだ。
榊さんは短気そうだし、プライドも高そうだから、私に好きな人がいることや乗り気でないことを知れば、頭にきて先ほどのように癇癪を起こし、この話はなかったことにすると言い出すかもしれない。
そうなれば願ったりかなったりだ。
「榊さん……」
「喜多! 何をしているの! 早く来なさい!」
私の言葉は母に遮られてしまった。
「あなたは今日一日、麻莉のお世話をしなくてはいけないのだから。麻莉の傍にいなくちゃ。ねぇそうでしょ?」



