「知り合いなの?」
「いえ。ごめんなさい。違います。似てると思ったけど、私の勘違いです」
顔をあげずに、聞こえた母の声にすぐさま返事をした。
いや。勘違いじゃない。なんで今の今まで気付かなかったのかと不思議に思うくらい、私はその不機嫌な顔をよく目にしている。
彼は倉渕君の秘書だ。
なぜ彼がここにいるのかという疑問が湧き上がる一方、もしかして倉渕君も近くにいるのではないだろうかと期待してしまう。
しかし、辺りに目を向け、今日は休日だったと思い出す。
倉渕物産が休みなら、秘書業だってお休みのはずだ。
秘書の彼はプライベートでたまたまここに遊びに来て、たまたま榊さんに絡まれてしまっただけなのだ。倉渕君は関係ない。
何を期待しているのだろうと、自分の浅はかさにちょっぴり気落ちしてしまう。
視線を感じて顔をあげると、秘書の男性としっかり目が合ってしまった。
いつも通りの不機嫌な顔で見つめられ、どう反応したら良いのかわからず戸惑っていると、突然、彼が口元に笑みを浮かべた。
そのまま私の前まで歩いてくる。
「麻莉さんと仰いましたね。私たちが会ってないと断定するのは、まだ早いかもしれませんよ。少し会話を楽しめば、どこかで既に出会っていたことに気が付くかもしれません。お話してみませんか?」



