「榊さん。何をなさっているんですか?」
「あっ……西沖さん」
母に話しかけられ、大男は肩を竦めて振り返った。
まず母を見て、それから母の後ろにいる妹、それから視線を伸ばし、気まずそうな顔を父に向ける。
最後に私と目が合った。彼は「あっ」と声を発し、姿勢を正した。
彼が榊典英さんらしい。
写真の彼は嘘くささを感じる好青年といった印象だったけれど、こうして荒々しく暴言を吐いている姿を見てしまったあとでは、ただの粗野な男としか思えない。
「すみません。これから大事な顔合わせだと言うのに」
榊さんは「困ったな」と袖のあたりを気にする素振りを見せた。
スーツの色が黒に近い灰色のせいもあるだろうけど、遠目からではどこにコーヒーがかかってしまったのか、よくわからなかった。
母もさらに榊さんへと歩み寄り、彼の袖をじっと凝視するが、被害の痕跡を見つけられないらしく、黙ったままだ。
もしかしたら、コーヒーが数滴かかってしまっただけかもしれない。
しかしそれでも、スーツはオーダーメイドだろうし、相手は粗野だしで、弁償は高くつくだろう。
不意に、この場の緊張感を打ち崩すように、ふうっと、満足げな息がもれた。



