「……喜多さん?」

「はい。喜多でございますよ。あぁ、お嬢様。お元気そうで何よりです」


慌てた足取りで女性が歩み寄ってくる。

穏やかにほほ笑むその顔は私の良く知っているそれで、つられて涙が込み上げてくる。


「喜多さん……私……どうしているかと……」


声を詰まらせると、そっと喜多さんが私の手を取った。


「ありがとうございます。こうして今は、清掃員として楽しく働かせていただいておりますので、もう心配なさらないでください」

「そうだったんですね」

「坊ちゃんにいろいろ世話をしていただき。本当に良くしていただいております」

「え?」


思わず遼を見上げれば、彼は戸惑ったように私から視線を逸らした。

ずっと気になっていた喜多さんの現状を知ることができホッとしたのも束の間、ここでも遼が力を貸してくれていたことを知り、私は流れ落ちそうになった涙を指先で拭った。

オフィスフロアから先ほどとはまた違う男性が出てきて、「倉渕専務」と遼を呼んだ。

声こそ控えめではあるが、彼とすぐに話したいというのは表情から見て取れた。

遼はまだ仕事中だ。これ以上彼を引き留めるわけにはいかない。


「遼。話は夜にでも」