緊張のせいで、次の言葉がなかなか出てこない。

沈黙の中、電話の向こうにいる相葉先生にも聞こえてしまいそうな程、大きく高鳴る胸の音が響いていた。


ドキドキ…

ドキドキ…

ドキドキ…


きっとそれは数秒の事なんだろうけれど、とても長い時間が経ったような気がした。



“神様、お願いだから少しだけ力を貸して下さい”



そう、心の中で手を合わせてから


「あっ…あのぉ…。」


私が勇気を振り絞って話しかけると、


「うん?」


そう、返事をした相葉先生の声の向こうから、ガサガサという紙が擦れる音が聞こえてきた。


私の言葉の続きを待ちながら、何かをしているらしい。


退屈になって、新聞でも開いたのかもしれない。



「あ…あの、先生と話がしたくて…。」


緊張が最高潮に達しようとしていた私にとって、それが精一杯の言葉だった。


「月曜日があるだろう。」


相葉先生はいつものように、クスクスと笑っている。


「だって、なかなか話し出来ないし…。」

「そうか?」


受話器の向こうからは、未だにガサガサという音がやまない。


『退屈なのかもしれない。』


そう思えば思う程、早く話を終わらせなければならないような焦りを感じた。


『でも、終わらせる前に言わなくちゃ…!』


そう思って、私はギュッと受話器を握りしめると、人生最高の勇気を振り絞った。


「先生…私…。」

「うん?」


カサッという音が聞こえる。

きっとまた一枚、新聞のページを捲ったのだろう。

まるで私に言葉の続きを言わせないかのような音だったけれど、私はそれを振り切った。


「先生の事が好きなんです。」


この言葉と同時に、電話の向こうから何度も聞こえたガサガサという音がピタリと止まった。