海に降る恋 〜先生と私のキセキ〜

「…離婚した頃っていうよりは、もっと前か。」


そう言った時、涼しげなメガネの奥の瞳が、寂しそうに揺れた。


「結婚してしばらくした頃、彼女のお父さんから会社の経営を手伝って欲しいと頼まれたんだ。」


私は“うん”と無言で頷いた。


大崎先生のお父さんが大きな会社を経営している事は、私も知っている位だったから、

きっと、周りからは相葉先生が逆玉に乗ったように見えていたに違いなかった。

だけど…



「その頃、会社の経営があまりうまくいってなかったらしくてね。自分が義父の会社に入るなんて結婚前には無かった話だったから、どうするべきかすごく悩んだんだ。」


相葉先生は、じっと自分の指先を見つめながら話していた。

その姿を見て、先生に起きた様々な出来事を思い出しながら話しているように思えた。


「だけど俺は、教職を辞めてお義父さんの会社に入る気持ちにはどうしてもなれなくて、結局断ったんだ…。」


相葉先生の瞳があまりにも悲しそうだったから、

私は聞いてはいけない事を聞いてしまったような気持ちになって、

「もういいよ」と口を開きかけた時、相葉先生は続けた。



「それからかな。だんだんギクシャクし始めて、結局彼女がお義父さんの会社を手伝う事になった。」


相葉先生はパッと顔を上げると、私の方をちらりと見た。


「俺も力になりたいとは思っていたけれど…結果的には助けなかったと同じだよな。きっと彼女は俺の事を恨んだだろうね。大切な父親の頼みを断ったんだから…。」


その時の相葉先生の笑顔は、今まで一度も見た事がないような悲しい笑顔で、


『きっと、ずっと自分を責めているんだ』

そう思うと胸が痛くて、私の心の中にも苦しさが広がっていった。



「俺達には子供もいなくてね。彼女との間に大きな溝が出来た頃、話し合って別れる事にしたんだ。あっけなく終わったよ。」


「…」


「俺は大切なものを何一つ残せなかったんだろうな。最低だよな。」


そう言った後、相葉先生は「ハハッ」と笑った。