入ってきたのは相葉先生だった。


「お疲れ。」


笑顔の相葉先生は、そのまま私の右隣にある自分の席に座った。


「お疲れ様です。」


私も口元に笑みを浮かべて答えると、また視線を携帯電話に戻した。


会社からメールも電話も来ていない事を確認すると、私は携帯電話を再びバッグの中にしまった。


それから机に置いてあった教科書が視界に入った時、以前の授業で生徒さんから質問を受けていた事を思い出した。


『そう言えば調べてなかったかも…。』

私は席を立つと本棚の前に移動した。


その本棚は高さが天井近くまである、かなり大きなもので、私の席の左側の壁際にそびえ立っていた。

パソコンや簿記のテキスト類や参考書、その他の商業の授業で使う書物などが沢山置かれていて、パソコンと簿記のものは相葉先生の私物だと聞いていた。


「見たかったら自由に見ていいから。」

以前、相葉先生がそう言ってくれたので、お言葉に甘えて時々お借りする事があった。


本棚の前で、使いたいと思っていた本を探し始めると、

少し上の辺りにあるパソコン用語の辞典が目に止まって、私は振り返った。


「相葉先生、この本、見せていただきますね。」


私がその本を指差しながら声を掛けると、それまで机に向かって作業をしていた相葉先生がパッと顔を上げてこちらを見た。


「どうぞ。」


笑顔でそう答えた相葉先生は、すぐに今まで作業をしていた手元に視線を戻したのだけれど、すぐにもう一度こちらを見て、


「そんな上にあるやつ、危ないから取ってやる。」

そう言って席を立ったので、


「えっ、大丈夫です、取れます…。」


そう言い終わるのが早いか遅いか、相葉先生は私の背後から本棚に手を伸ばして取ろうとしていた。


本棚と相葉先生に挟まれた状態になり、

私は真後ろに相葉先生がいると思った瞬間から、ドキドキして顔が熱くなっていくのを感じた。