廊下に出ると、パソコン教室の反対側にある体育館から、部活動に励む生徒達の物音と声が聞えてくる。


聞いた所によると、相葉先生は今でもテニス部の顧問をしているらしい。

きっと今頃、校庭のテニスコートにいるのだろう。



この日は朝の打ち合わせ以降、相葉先生と話をしていなくて、

『多分、このまま挨拶も出来ずに帰る事になるだろう。』

と、少しだけ寂しく思っていた。


だけど、


“近付き過ぎてはいけない”

“好きになってはいけない”


これらは自分で決めた事だったから。

その決め事を守る為にも、必要以上に話さないように心掛けていたのだった。


第一、職員室での席は離れているし、他の先生だって沢山いたし、

授業に関して疑問やトラブルさえ無ければ、特に話しかける理由もない訳で。


少しでも距離を置かないと、もう一度好きになってしまいそうな自分がいた分、寂しくてもこれで良いのだと思っていた。


“相葉先生を好きになってはいけない”と思っていたのは、

『相葉先生が結婚しているから』

『それでまた傷つくから』

という理由だけではなかった。



『何年経っても同じ相手にフラれ続けるなんて、カッコ悪い』


という、つまらない意地やプライドのようなものがあったのだ。


大人になった私には、そういう気持ちが当たり前のように芽生ていたし、耐えられないとも思っていた。


高校生だった、あの頃の私なら。


なりふり構わずに突き進んでいたのかもしれない。


好きだから真っ直ぐに、あなたに向かって素直に。



でも、成長した今は違った。


相手に奥さんがいるという事も、

もう傷つきたくないっていう臆病な気持ちも、

同じ事を繰り返すカッコ悪い私にはなりたくないっていうつまらないプライドも。


その全てを持っている。


“良くも悪くも、自分の素直な気持ちだけでは身動きが取れなくなった大人”


そういうのを全部ひっくるめて、今の“私”なのだと、自分自身でもよく分かっていた。