「…その“河原先生”っていうの、やめて下さい。変な感じがします。」

そう言って私が嫌がると、相葉先生は楽しそうにクスクス笑いながら、


「だってそうだろう?」

と、言った。


その笑顔はちょっぴり意地悪な笑顔だったけれど、決して不愉快な気持ちになんてならなくて。

むしろ、こんなやり取りが出来る事を嬉しいとさえ感じていた。



「そうですけど“河原”でいいです!」

“イヤ、イヤ”と首を左右に振った私に、


「生徒達にまで“河原”って言われるぞ。」

と、相葉先生は更にいたずらな笑みを浮かべている。


「それならそれでいいですもん。たった3ヶ月だし。」

プイッとそっぽを向いた私を見て相葉先生が笑う中、1時間目の授業が終わった事を知らせる鐘が鳴った。


「ごめん、ごめん。分かったよ。」

そう言って、相葉先生は席から立ち上がると、


「そろそろ職員室に戻ろうか。それとも次の授業が始まるまでここにいるか?」

と、笑顔で私を見下ろしながら問い掛けた。


思わず私も席を立ち上がったのだけれど、


「あっ、テキスト類を持ってきたのでこのまま授業に入ります。お時間を作って下さって、どうもありがとうございました。」


そう言って、相葉先生に頭を下げた。


「うん、じゃあ授業頑張って。」

「はい。」


私が頷くのを見届けて、相葉先生は準備室を出て行った。


相葉先生の後姿を見送った後、私は再び自分の席に座ってぼんやりと窓の外を眺めた。


こうして準備室で一人になった事で、私が在学中、相葉先生がよくこの部屋にいた理由が分かったような気がしていた。


一人で気楽になれる空間だからこそ、居心地が良く感じていたからだ。



そしてもう一度、相葉先生の机を眺めた。



“好きになってはいけない―…”



改めて心の中で呟いた。


相葉先生と一緒にいると、やっぱり嬉しくて幸せな気持ちになれたし、

油断すると、すぐに高校生の頃の気持ちに戻ってしまいそうだった。