海に降る恋 〜先生と私のキセキ〜

「大丈夫だから、言って…?」


私がもう一度そう言うと、意を決した瑞穂は口を開いた。


「あの部屋に住んでいる人、女の人だった。郵便受けに“星野聡子”って書いてあったの。」


言い終わると、瑞穂は視線を落として口をつぐんだ。


「そっか。」


そう言って口元に微かな笑みを浮かべながら何度も頷いた私は、自分でも驚く程落ち着いていた。



「あんまりここにいるのもなんだし、そろそろ車出そうか。」


瑞穂が不安げな表情で「うん。」と頷いたのを見届けてから車のシフトをドライブに入れると、私達は静かにアパートの敷地から出た。




青山先生には、最初から星野聡子さんという彼女がいたのかもしれない。


この前会った時も、その前も、


きっと何度もここを訪れて、彼女の手料理を食べさせてもらっていたんじゃないか。


仮にそうじゃなかったとしても、ただの友達ではないような気がした。


“すごく通い慣れてる”


直感的に、そう感じたからだ。



だけど、ちっとも悲しくなかった。


涙一つ出ない。


心が曇るような気持ちにもならない。



“悲しい”という感情にならない事が、逆に悲しかった。


恋で流す涙も、悲しいという感情も、全部相葉先生で使い切ったのかと思ったけれど、


『違う…。』


心の中で、私はそう呟いた。



『悲しくないのは、私が青山先生に恋をしていなかったから。』


そして、きっとこの先も恋愛感情を抱く事はないだろうという事を、確信した出来事だった。