まだ初夏だというのに、その日の気温は三十度を越えていた。そんな気温の中、一人の青年は坂道を自転車で上っていく。
 彼が向かう先には、一人の少女がいる。
 少女を想うだけで、青年の心はじんわり温かくなる。この感情は、おそらく…。
 彼はわかっている。少女に思いを寄せていることを。だがそんなことは許されない。
 せめて、この関係だけは壊したくないんだ。
 恋仲になんて、決してなれない。彼女が俺に惚れる?馬鹿を言うな。そんなことは起きやしない。人生そう甘くない。
 仮にもし、一億分の一の確率で彼女が俺を好きになってくれたとしよう。(…そんなことは起きないが。)そんなことがあっても、俺は彼女と結ばれることはない。
 …ただのクラスメートだったら、まだわからなかったかもしれないのになぁ。
 彼は自転車をとめ、籠に入っているケーキと花を見つめた。
 喜んでくれるだろうか。
 彼女が頬をほんのり染めて笑うのが、彼はとても好きだった。そのためなら、どんなことでもしたいと思った。
 早くいこう。
 そう思い直し、再び自転車をこぐ。
 彼女のいる建物は、もう目の前だ。
 窓からこちらを覗く影が見える。
 バチッと目が合う。
 青年は笑顔で手をふる。
 影がモゾモゾと動き、窓をガラッと開けた。
「ゆうきぃー」
満開の笑顔で、少女が手を振り返す。
「おそーい。はやくー」
拗ねたような口ぶりで、少女は少年を呼んだ。
 そんなやりとりに、青年の心はぎゅっと締め付けられる。
 もう少しだけ、この時間が続けばいいのになぁ。
 そんなことを思い、ハッとする。
 駄目に決まってる。
 俺が毎日ここに来るのは好きになってもらいたいからじゃない。
 …彼女が笑って過ごせるようにしたいんだ。
 いつまでもぼーっと突っ立ってる青年に、
「遅いっ!なにしてんのよー!」
頬を膨らませた少女は大声をあげる。
「ごめん!」
少女に詫びを入れながら、青年はケーキと花を持って、彼女の待つ病室へと向かった。