唇に、ちよこれいと

「……なんの、つもりですか」

「躾直してやろうと思って」


そう言って喉元で笑う男に、危険信号が鳴り響く。
この男と関わってはいけないと思う。なんせ、何の迷いもなく、いきなり人様の唇に歯を立てるような人間だ。どう考えても普通じゃない。

それに、興味本位で部下に手を出すような男とは思ってもいなかった。せめて、仕事だけでも真面目だと尊敬していた私を。その目に認められたいなんて浅ましく考えていた私を返してほしい。


「おちょくってるんですか」


口に出た言葉に苛立ちが増加して行くのを感じながら、いまだに唇の端から流れ続けている血液を呑み込んだ。

鉄の味だ。そんなまずい味に顔を顰めながら、それでも視線を逸らすことはしなかった。

私の声に、蓮見さんはますます瞳をぎらつかせたような気がした。そのままさも楽しげに唇を歪ませると、思わずぞくりとするほどの低い声で、私を誑かした。


「かわいがってんだろ」

「寝言は寝て、お願いします」

「おう、お前も隣でくたばらせてやる」


何をどう言おうとも返される言葉に、声が詰まる。

私は知っている。自分がどう足掻こうとこの男に敵わないことくらい。
それでも最後の抵抗に、荷物をかき集めてドアまで駆け出した。

逃げでも何でもいい。今ここにいること自体が危険な気がした。

喉元を通る鉄の味が気持ち悪かった。心臓はばくばくと尋常じゃないくらいに蠢いている。はやく、はやく逃げなくちゃと脳が叫んでいた。