今日、いや、一日まわって昨日ではあるが、その日が何の日であったかは私にもわかっていた。


そのことで社内が随分にぎわっていたことも知っている。

だからこそ、私は今日、何度も蓮見さんを帰そうとしていたのに。
変なところで律儀な上司の鋭い瞳を見つめ返しながら、私は意味もない問答を繰り広げていた。


「……お前、何か言うことねえのか」


そんな私にかかる声は、いつもと同じく低く気だるげな響きを持っていた。
その言葉にやっぱり、と心の中で呟いた。


「申し訳ございませんでした。……せっかくのバレンタインを潰したりして……」


きっとどこぞの女と予定でもあったに違いない。
きっとどこかの高級なレストランにでも行って、そのあとはホテルに行って。そんな一日になるはずだったのかもしれない。

それを部下のミスで会社に缶詰めにされたとなれば、機嫌を損ねるのも当たり前だろう。


「違うだろ」


そう、思っていたのに。


「……蓮見、さん?」



蓮見さんは、椅子に座っている私の頬にその右手を触れた。そしてそのまま、少し伏せていた私の顔をあげさせて、至近距離で私と目線を合わせた。


その意味が解らず戸惑う。
あまりにも、いつもの悪たれた態度とは違いすぎて。

そう例えるなら、ハイエナのような目だ。今にも獲物を狩ろうとするような目。


「……お前さ、ほんとに俺が、何も知らねえと思ってんの?」