「……いや、眼鏡、やめたんだ」

「ああー、うん。だって、ほら、女子力下がるから」

「なんだそりゃ」

「ふふ、なんだろうね」

「お前もわかんねーのかよ」

「なんとなく言ってみたかっただけなんだよね」


ふふふ、と笑うその声を聞きながら、店員が運んできたビールを一口煽った。

まさか、こんな風に星野の冗談を聞くことになるとは思わなかった。

こいつこんな風に笑うのか、と。なんとなく鼓動が早まった気がしていた。そして、その感覚は、なぜか久しぶりのような気がした。




「……お前、筆箱は」


その日はうるさいくらいの晴天が俺たちの頭の上を突き刺していた。

茹だる暑さの中、教室にはなぜかノートを取ろうとしない星野がいた。

どんなことがあっても授業を放棄しないはずの女が、初めて授業中、ひとつもノートを取らないのを見て、瞬間的にその言葉が出ていた。

夏の日差しの中に放り出された俺の声は、教室の中に鋭く響いて、全クラスメイトの耳にキャッチされていたことだろう。

星野に話しかけるような物好きは一人もいない。
それは俺も同じのはずだった。

その癖に、その日、俺は星野に話しかけていた。

俺の声に、俺の方を向いた星野は、一度視線を彷徨わせてから、それでも「……家に忘れてきちゃって」と言った。