美香はインターハイ優勝とは成らなかったが、ベストフォー入りし力を出し切ったと、満足そうにガッツポーズを愛輝に見せた。

 美香が練習に明け暮れている間、愛輝もダンスのレッスン、歩き方にポーズの取り方、苦手なランニングまでデビューに向けての準備が始まっていた。
 愛輝は今まで一度も何かを必至になってやった事など無かったが、何かに向かって一生懸命になると言う感覚に悪い気はしなかった。

 相変わらずイヤホンからは『嘘』が流れている。


 夏休みに入り、マネージャーの原田から、ファッション雑誌モデルのオーデションを受けるよう勧められた。

 すでに書類審査は通過しており、会場には五十人ほどのモデル候補達が、控室で念入りにメイクや衣装の確認をしていた。
 緊張の空気が流れる中、愛輝はすでにヒカリとなって祐介と美香と一緒に控室へと足を踏み入れた。


「凄い! 美女ばっかり。あの子、テレビに出ている子じゃない?」

 美香が目を丸くしている。

「こんなに凄い人ばっかりじゃ無理だよ」

 愛輝は今にも泣きそうな声を出した。


 そんな愛輝に、祐介の優しい手が顎を持ち上げ、メイクの筆が頬を撫で、気持ちを落ち着かせてくれる。


「さあ目を閉じて。君はヒカリ、ほら魔法が掛かったよ、大丈夫。目を開けてごらん」

 祐介がメイク道具をカタンと閉め、愛輝の肩を優しく叩いた。


 愛輝は目を開け、鏡に映る自分を見る。

 ヒカリとなった事を確信して、イヤホンをあてもう一度『嘘』を聞く。

 「ヒカリ」と強く心の中で呟いた。


 愛輝が気持ちを落ち着け準備をする中、美香は真剣にモデル候補達の顔を片端から見入っていた。


「えらく真剣だけど、誰か探している人でもいるの?」

 祐介が美香の横に座ってメイク道具の手入れをしている。


「いいえ違うの。こんなに整った美人ばかりなのに、内側から出てくる魅力みたいな物を持っている子がいないんだよね。愛輝だけが何か違う。祐介さんの、メイクのせいなのかな?」   

 美香が祐介に伺うように見た。


「多分それは違うな。いくら僕がメイクしても、人を引き付ける美しさを出せない事がある。前にも言ったけど… 確かに、この会場に僕がメイクをしたいと思う子はいないな…」


「そうだよね」

 美香は少し嬉しそうに辺りを見回した。


「美香ちゃん、おもしろい子だね。この世界に向いているかもしれないな」


「結構興味あるんです。愛輝のお蔭でいい経験させてもらえそう」


「おい、ここではヒカリって呼んでくれよ」

 祐介が美香を軽く睨んだ。


「あっそうか! 気を付けなきゃ」

 美香はぺろりと下を出した。


 部屋に入ってきたスタッフが、ヒカリを審査へ促した。


「じゃあ、行ってくるね」

 ヒカリは、イヤホンを外すと席を立った。

 背筋をすっと伸ばしたヒカリは、真っ直ぐ前を向き凛々しい足取りで、審査会場へと向かった。


 そんなヒカリの姿を、美香と祐介が暖かい目で見守っていた。