「ごめん、この辺りに万年筆落ちてなかった?」
ノックをしてきた人物は会議室に入って来るなり、片づけをしていた私にそう尋ねた。
(うっそ、田辺さん!?)
私は必死になって叫びそうになる口元を手で押さえた。
田辺壱さんと言えば、同じ意匠設計部の中でもひときわ特別な存在である。
ターミナルビルの再開発、大型ショッピングモールの建設といった周防建設の社運を賭けた一大プロジェクトを成功に導いたのは彼の力であると言っても過言ではない。
田辺さんが指揮をとったチームは有名なコンペでいくつも優勝した経験もあり、その実力とリーダーシップは社内の誰もが認めるところ。
有名な建築事務所からも引き抜きの話もあるとかないとか。
奢ったところもなく、誰にでも優しく、男女問わず尊敬のまなざしを一身に浴びている。
かくいう私も田辺さんに憧れているその一人である。



