(は、じめくん……?)
一瞬、誰のことを言っているのか分からなくなったが、すぐに田辺さんのことだと思い至る。
田辺さんを気安く“はじめくん”と呼べる人間がいるなんて!!
恋人を除けばあとは身内くらいか?
(あ、れ……?)
私は再び女性の顔を観察してみた。よく見ると、どことなく武久に似ているような……。
もしかして……私はとんでもないものを目撃しているのではないか?
「帰り道には気を付けて」
「ええ。ありがとう」
そう言うと女性は会社の入り口に横付けされていたタクシーに乗り込んだ。
女性を乗せたタクシーが走り去り道路から見えなくなったのを確認すると、田辺さんはクルリと方向を変え植木鉢へと徐々に近づいてくる。
ヤバッと思った時にはもう手遅れだった。
「そんなところに隠れていないで、出てきたらどうだい?」
……いつからばれていたのだろう。
腕を組み仁王立ちしている田辺さんを前に、私は両手を上げ降参ポーズで登場するしかなかった。
「悪趣味だな」
「田辺さんほどではないですから」
嫌味の応酬を繰り広げる私達の間にバチバチと激しい火花が散る。
こんにゃろ。笑顔で威圧するなよな!!
冷え冷えとした眼で見下ろされ早々に押し負けそうになったので、仕入れたばかりの起死回生のカードを一枚切る。



