さて、困ったことに井上くんが退社するとブースに残っているのは私と田辺さんのふたりきりになってしまった。
今日に限ってチームの皆さんは、会議や打ち合わせで出払っているのだ。
先ほどまでの私と井上くんの会話が聞こえてないはずがないのに、特に何の反応も示さない田辺さんが逆に怖い。
私はデスクの上に立てかけたファイル越しに恐る恐る田辺さんに話しかけるのであった。
「田辺さんは帰らないんですか?」
「僕がいつ帰ろうと構わないだろう」
田辺さんは私を一瞥もせず、キーボードを打つ手を止めずにそう言い放ったのである。
うっわー。辛辣―!!
他に誰もいないからって、そんなに遠慮のない言い方しますか!?
……しかし、ここでめげないのが私である。
「奥さんに早く帰ってきてって言われないんですか?」
「君こそ早く帰ったらどうだい?あの豪華なマンションで永輝が待っているんだろう?」
私が武久のマンションに居候していることまでご存知なんですねー。
もはや、どこから情報が漏れたのか考えることは放棄する。
「田辺さんの奥さんってどんな人なんですか?」
興味津々で尋ねると、これまで無反応を徹底していた田辺さんの瞼がピクリと浮き上がった。



