「ただいま……」
「遅かったな。残業か?」
マンションに帰るとソファの上で武久が胡坐をかいて待っていて、なんだか泣きそうになる。
「うん……。なかなか片付かなくってさ……」
マドンナの嫌がらせのせいだということは伏せておくのが賢明だろう。
「飯食ったか?」
「ううん、まだ。武久は?」
「外に食いに行くか?」
「……どうせ牛丼でしょ?」
「よく分かったな」
武久のことなら、よく分かるよ。
行動パターンも好きな食べ物も嫌いな食べ物も、よく飲むコーヒーの銘柄も知っているのに。
……私は周防の御曹司としての武久の立場をちっとも分かっていなかった。
「なんで話してくれなかったの?」
これは八つ当たりだ。
守ってもらってばかりで何もできず足手まといばかりしている無力の自分に対して腹が立っているんだ。
いまさら赤の他人のようなよそよそしい態度で接するには、私達は互いを良く知り過ぎている。
「お見合いの話、全然知らなかった」
そう告げると、武久の顔色が瞬時に変わった。
田辺さんの言っていたことは事実なんだと、この時ようやく確信できた。



