夜9時を過ぎ、意匠設計部のフロアは既に私以外誰も残っていなかった。
ノー残業デーのためか、定時が過ぎた頃からひとりまたひとりと姿が消えていき、ひとに仕事を押し付けた張本人も早々と帰宅していった。
(やっぱり終わんなかった……)
ごめんねと謝ってデートに向かったわかっちに恵んでもらったシリアルバーをもぐもぐと咥えながら黙々と残業に励む。
こんなことなら、見栄を張らずにわかっちに頼れば良かった……。
誰もいないことをいいことに首をゴキゴキと左右に振って鳴らしていると、誰も残っていないフロアにひとの気配を感じた。
「……やあ」
片手を上げにこやかに微笑む姿を視認すると、うげぇっと吐き気がこみあげた。
「田辺さん……」
コツコツと靴音を響かせながら、田辺さんは私の元へと近づいてきた。
「まだ、周防建設で働いていたんだ?とっくにクビされたのかと思っていたよ」
誰のおかげでこんな目に遭ってんだと思ってるんだ、バカやろー!!
輝くばかりの笑顔が嘘くさいったらありゃしない。なんて白々しいのだろう。
私だってバカじゃないんだから、先日の出来事はまだ記憶に新しい。
ましてや今は誰もいないフロアにふたりきりである。



