「なんもしてないからな」
表情の読めない、いつもの前橋君のちょっと仏頂面。
「…ほんと、に?」
「本当に。あそこに入ったのも不可抗力というか…
つーか、覚えてないわけ?」
「…覚えて…ない」
「マジで?」
そんな言葉と共に聞こえてきたのは、嘆息混じりの苦笑い。
「…ごめんなさい」
やってない、何もしていない、そう言われた途端に気負っていたものがすうっとなくなった気がした。
「まぁ、覚えてないならしゃーないけどさ」
「あのー、何があったか教えてくれる?」
おずおずと尋ねた私への返答はまた思っていたものと違っていた。
「聞きたいの?」
「え?」
思わず聞き返してしまう。
いや、だって、記憶が無い間に何してたか知らないの怖いじゃない。
だから知りたいと思ったのに、「聞きたいの?」だなんて。
そんなまるで、「聞かない方が良いこと」みたいじゃないの。
「言っても良いけど―…素面じゃないほうがいいかもよ?」
そう言ってくすっと口元に笑みを浮かべた前橋君は、いつものとっつき難さが少し薄れて、少年っぽい空気を醸し出していた。

