樫の木の恋(中)



“織田殿へ”

そう書いてある文を見て、思わず嫌な汗が背中に流れる。嫌な想像が頭を駆け巡り、浮かんでは消えていってはくれない。

震える手でその文を開く。

すると綺麗な藤吉郎の文字が並んでいた。




“織田殿へ。

短い間ではありましたが、お世話になりました。

ひと月という約束を破ってしまい本当に申し訳ありませぬ。

織田殿といると楽しくて、もっと早くに織田殿とお会いしたかったと切に思います。

しかし楽しければ楽しいほど辛くなってくるのです。

頭の中をあの時の光景が楽しい思い出を蝕んでいくのです。

これはどうにも拭えないもので。

眩い程の織田殿を見ていると、自分がどれほどまでに穢らわしいかと痛感させられます。

好きと言ってくれて嬉しゅうございます。

しかし織田殿のその感情は、一時に過ぎません。

きっとすぐに忘れられます。

ですから、探さないでくだされ。

私のような下賎な者など、忘れてくだされ。

織田殿が天下を取るところを、あの世から心待ちしております。

今までありがとうございました。

藤吉郎”


読み終わると藤吉郎の文を握りしめていた。

藤吉郎は死ぬ気だ。

いつ部屋を抜け出したのだろう。

もう…手遅れかもしれない。

それでも走らずにはいられなかった。