「……も、もう今川家ではない。なりたがっていた武士になれるのだぞ…?」
以前見た藤吉郎の瞳の奥。あの時は野心に燃えていて、そう簡単にはその火は消えそうになかった。
しかし今彼女の瞳の奥は、何もない。
有るのは虚無感と絶望だけ。
そんな彼女に武士の話をしても効果がないのだとなんとなく気づいていた。
藤吉郎は何故かゆっくりと起き上がる。起き上がる際、折れた腕が痛かったのか、腕を抑え顔をしかめる。
それからふっとこちらを向いて口を開いた。
「もう…良いのです。疲れました。」
そう言って藤吉郎はもう一度壊れそうに笑った。
何も言えなかった。
心の底から死んでしまいたいと思っている彼女は、この世に留まらせた方が不幸なのではないかと。
死なせてやった方が幸せなのではないかと。
生きていったところで、藤吉郎は今後何度拷問のことを思い出すのだろう。
そう考えたら口など開けなかった。
「……すみませぬ。」
「……何が?」
「織田殿にそのように悩ませるつもりは無かったのです。大丈夫です。私の事は放っておいてくだされ。」
「は?」
「城の中では自害しませんから。織田殿には迷惑かけぬようにしますから。」
そう言われて藤吉郎に気遣われているのが分かった。
死にたいと思っている女子に気遣われるなど、本当にどうしようもない。

