強右衛門は捕らえられてから、もう既に死ぬ気でいた。
貞昌殿や長篠城に伝えられなかった。さすれば、援軍が来る前にすぐに落城を受け入れてしまうだろう。
それが悔しかった。
「我は長篠城の守備軍の密使だ!!」
強右衛門の怒号が飛ぶ。それは悲痛な叫びにも似ていた。
「聞いてもおらんのに、自ら密使だと言うのか。」
勝頼は思わず厄介な奴だと感じた。
こやつは死ぬつもりでいる。死ぬつもりの奴をいくら拷問しようとも何かを吐くとは思えなかったからだ。
「殺すなら、殺せ。」
その強右衛門の目が、勝頼には父である信玄の目に見えた。
勝頼はそれを見て、更に苛立った。
彼は父である信玄を本当は嫌っていた。
厳しく、優秀で戦いも政務もなんでも出来る人だった。
だからこそ息子である勝頼は期待されて育ったのだが、あまりに偉大過ぎた父が重荷だった。
そして死んでもなお、武田家を守っているのは父の名なのだ。
その事実を嫌というほど感じていた。
だからこそ強右衛門の目を見たとき、弱い自分が責められているようで辛くなる。
「吐かせろ。」
一言を出すのに精一杯だった。

