「強右衛門参りました。」

「強右衛門、なんとしてでも家康殿にこの事態をお伝えしろ。なんとしても、だ。」

「はっ!」

鳥居強右衛門。

彼は密使として家康に面会するため、一人で不安を抱きながら夜に馬を走らせた。

しかし、すぐに勝頼による厳重なまでに張り巡らされた兵達の包囲網が見える。

「くっ!これでは…!」

そんなとき強右衛門の目に飛び込んできたのは、寒狭川だった。
流れが急なその川は、誰も渡らないと武田家も思っているのだろう。包囲網が敷かれていない。

これさえ越えられれば、家康殿の元へと行けるやもしれない。

そう思った。

強右衛門は馬を降り、手綱を持ちながら馬をひき川へとゆっくり入っていく。
頭が少し出る程度の川は流れも早く体が持っていかれそうになる。

冬が終わってしばらく経つとはいえ、依然水は凍えるように冷たい。度々顔に当たる水は、何度自分を流そうとしていることか。

ようやく渡り終えた頃には、強右衛門の体力はほとんど川に流されてしまっていた。