第二話 想いの重さ

「皆川さーん!ちょっといい?」

「あ、はい!」

ナースステーションから瑠衣を呼ぶ声がして来た道を戻る

「ごめんね、忙しい時に。
今日の急患の患者さん、聞いたと思うんだけどかなりの数らしくて…

状況は聞いてる?」

「山本先生から商業施設で玉突き事故が起こったって話は聞きましたけど…」

ふむふむ、と相槌を打つのは秋田さん

「実はその事故、思いっきり店内まで車が突っ込んじゃったらしくて。
車だけならまだしも重軽傷者が後を絶たなくて…

皆川さんには、これから四〇八号室にきた四人の情報収集に行ってもらいたいの
いけるかしら?」

「また派手な事故だったんですね…

はい!いってきます!」

笑顔で答えた瑠衣は早速病室へと向かう

「…っと、ここか。失礼しまーす」

ガラッとドアを開けると、四人と聞いていた部屋には二人しかいなかった

「看護師さん、やっと来たね〜
もうずっと待ってたんだよ〜」

奥のベッドに座るおじいさん

「あらそうだったんですか?
ご要件があるならナースコールで呼んでくだされば、いつでも来ますよ〜」

にこやかにそのおじいさんと正面のベッドに横になっていたおじいさんの情報収集を行う

「…皆川さんは、看護師になって長いのかい?」

話すのが好きなのか、たくさん話しかけてくれる最初のおじいさん、一二三(ひふみ)さん。

「いや〜まだまだ!新人と言ってもいいくらいですよ」

「…だろうな」

一二三さんの正面のベッドで横になっていたおじいさん、今井(いまい)さんが険しい顔つきで言った

「お前、見た所あまり出来の良さそうにないじゃないか

ほら、喉が渇いたんだ。早く茶を持ってきてくれ」

ーカチン、

何とか怒りたい気持ちを抑え、笑顔で対応する瑠衣

「お二人の事、もう少し教えてもらえたらすぐにでも準備しますから」

瑠衣の言葉に渋々従う今井さん

何とか二人の情報収集を終え、残りの二人を探しに出た

「えーっと…比喜多(ひきた)さんと…牧野(まきの)さん、ね」

…牧野……

昔、周りに羨ましがられるくらい仲の良かった元彼を思い出す

…水上に取られたけど。

「こんな名前、何処にだっているわよね」

フロアをウロウロしていた瑠衣は、デイルームで読書をする、小柄なおじいさんを見つけた

「こんにちは!もしかして比喜多さん…ですか?」

瑠衣の声にぱっと顔を上げたおじいさん

「そうだけど…何か用かな?」

「比喜多さん、これからしばらく入院しなくちゃいけなくなったので…
病院の方から入院にあたって色々と聞きたいことがあって」

「そういう事なら何でも聞いてください
僕で答えられることなら、何でも答えるよ」

トン、と自分の胸を叩く比喜多さん

可愛いなぁ…

こういう癒しをくれる人が居ると、瑠衣のモチベーションも上がる

「…っと、これで以上です
ご協力、ありがとうございました!」

ひらひらと手を振る比喜多さんと分かれ、残るひとりを探しに出た

「…おっかしいなぁ〜

このフロアは全部見回ったんだけど…」

ぐるっと一周このフロアをまわったものの…
残りのひとりに出会うことは出来なかった

「あれ、瑠衣?どうしたの?」

ナースステーションからひょこっと顔を出したのは千尋

「あぁ、千尋!実は……」

事の経緯を話すと、千尋も一緒に探してくれることになった

「まーきーのーさーーーん!
牧野さーん!どこですかー?」

「牧野さーん!」

千尋と周りをキョロキョロしながら彼を探す

「…っていうか瑠衣?牧野さんの特徴とか無いの?
何にも手がかりが無いんじゃあ時間がかかるばかりよ」

「ええと〜ちょっと待ってね…
カルテカルテと…あ、あった!

えーとね…年齢は……」

言いかけた瑠衣は手に持っていたカルテを見て、目を丸くした

「…?ど、どうしたの?」

「…あたしらの三つ上…しかも名前…
牧野郁也ってまさか…」

立ちすくむ瑠衣の背後で、二人に近づく足音が聞こえる

コツ…コツ……

「……久しぶり、瑠衣」

低く、柔らかいその声を瑠衣は知っていた

振り向かなくても分かる、懐かしいその声は

思い出したくもない、あの日の記憶を蘇らせた

「…千尋ごめん。後…は、任せていい?」

一方的に千尋にカルテを押し付けた瑠衣は彼に振り向くこと無く、走り去った

「…え、ちょ、瑠衣?!?!!」

「……っ、」

千尋は何が何だか状況が掴めず、一旦落ち着こうと深く息を吸い込む

すー…はー……

この人、もしかしなくてもあれだよね…

よし、と息を整えた千尋は目の前にいる男性に向き直る

「…もしかして、牧野郁也さんですか?」

「あぁ。…千尋ちゃん、だよね?」

牧野郁也(まきの いくや)
彼は瑠衣の元彼であり、とても優しかったのを千尋も何度か面識があったので覚えている

「あなたも…今回の事故に巻き込まれたんですか」

「運悪く、な。

…まさか、瑠衣や千尋ちゃんがここで働いてるなんて、知らなかったよ」

「二人とも勉強頑張って、看護師になったばっかりなんです」

そうか、と小さく笑った彼は、少し寂しそうな目をしていた

「郁也さん…また随分と大きな怪我されましたね」

苦笑いした千尋が見ると、頭には痛々しく包帯が巻かれており、左足にギプスをはめて松葉杖をついていた

「丁度居合わせたフロアに車が突っ込んできたんだよ

…ほんと、死ぬかと思った」

「ご無事でなによりです」

そう千尋が笑うと、郁也もつられて微笑む

「それではこれからしばらく入院するにあたって、いくつか質問させて頂きたいのですが…よろしいですか?」

「入院かぁ…いいよ。答える」



郁也の情報収集が終わり、千尋はナースステーションに戻った

しかし人はおらず、カルテの整理をしようと中へ入ると…

「…え、瑠衣?!!」

そこには、ナースステーションの隅で震えながら蹲る瑠衣の姿があった

「…ち、ひろ……っ、」

こんな瑠衣、今まで見たことがない

千尋もどうしていいか分からず、傍に駆けて背中をさすった

「瑠衣…大丈夫よ。
あの人のケアは任せて?瑠衣が無理に関わる必要なんて、無いんだから」

…とは言ったものの。

看護師としてこのフロアで働く以上、絶対この人だけには関わらない!というのは難しいもので。

千尋もこれからどうしようかと、頭を悩ませた


「…何とか落ち着いたわね
二人とも、今日はありがとう。後は交代の人たちに引き継ぐわ」

秋田さんの言葉にヘトヘトだった私たちは安堵の息をつく

「お、おつかれさまでした…」

二人で更衣室へと向かっていた時、更衣室前の壁に誰かがもたれ掛かっていた

「…郁也、さん」

先に口を開いた千尋が青ざめる

千尋の横を歩いていた瑠衣は疲れていた顔を引っ込め、千尋の後ろに隠れた

「…どうしても、話したいことがあって」

「あ、あんたと話すことなんて、ない
…邪魔だから、どいて」

勢いよく更衣室のドアを開いた瑠衣は引き止める間もなく中へ入った

「…無駄だと思いますよ。
いまの瑠衣、郁也さんとまともに話せる状況じゃありませんから」

「…そうか」

寂しそうに声を漏らした郁也は自分の病室の方へと慣れない杖をつきながら戻っていった

「…ふぅ、」

これからどうするかなぁ…

少なくともあの怪我なら一ヶ月は入院するだろう
リハビリもするだろうし容態によっては手術もありえる

「…こんな時、楓くんがいたらなぁ」

「僕を呼んだ?」

「わっ?!」

驚いて後ろを振り向くと、にこやかな楓くんが立っていた

「あれ、楓くんももうあがりなの?」

「うん!…もうくたくただよ〜」

あ〜…とため息を漏らしつつ、ふにゃっと笑う

「それで?何かお困りで?」

丁度いいタイミングだと、楓くんに事の経緯を話した千尋

話を聞き終わった楓は、前に一度だけ見せた真剣な顔つきをしていた

「…瑠衣は今どこ?」

「中よ。…最も、当分出てこないだろうけど…」

「それじゃあ、僕が呼んでるって言ってくれる?
着替え終えたら僕下のロビーで待ってるからって」

またニコニコとした笑顔に戻った楓くんは千尋にそう言い残して去った

ガチャ…

「あ…えっと、瑠衣?」

「…ごめんね、千尋…
私、全然自分の仕事こなせてない…」

突然の再会が余程怖かったのか、瑠衣はまだ震えていた

「瑠衣、私は大丈夫だよ。

それとね、さっき楓くんに会ったんだけど…
着替え終わったら下のロビーで瑠衣待ってるって、言ってたよ」

楓の話が出ると、少し安心したのかこちらに顔を向けた瑠衣

「楓くん、が…?」

「うん。ご飯にでも誘われるんじゃない?
今日出た分私たち明日は休みになったし。
楽しんでおいでよ」

そう伝えると、急いで帰り支度をした瑠衣は小走りに更衣室を出て行った

「…分かりやすいなぁ」

にやにやしながら自分も帰り支度をして更衣室を出ると、思わぬ人物が待っていた

「…!英治!」

「よっ」

既に白衣を脱いで待っていた英治

「どうしたの?英治も今日もうあがり?」

「あぁ。…今日この後何か予定あんの?」

久しぶりに会う英治が嬉しくて、少しにやけてしまう千尋

「何にもないよ。どうしたの?」

「あー…いや、その…
千尋が疲れてたら別にいんだけど…
久しぶりにメシ作ってほしいなと…」

お互い忙しくてあまり自炊出来ておらず、英治にも作ってあげられていなかった千尋

「いいよ!それじゃあ材料の買い出し、一緒に来てくれる?」

「当たり前じゃん。行くか」

エレベーターに乗る仲睦まじい二人を遠くから見ていたのは…

「……」

郁也だった